ラスト3ページの衝撃!! SF史上最大のどんでん返しが貴方を待ちうける。ついに復刊したサンリオSF伝説の一冊「ハローサマー、グッドバイ」


「この世には、2種類の古本が存在する。1つは、探して入手できた古本、そしてもう1つは、いくら探しても見つからない古本だッ!」

 当たり前のことなのに、さも今あらためて発見した新法則であるかのように、タカオさんが叫びました。

「もっとも、ここが難しい所なのだが、古本の稀少度は必ずしも内容の評価とは比例しないのが問題なんだよな。売れないから大量に裁断処分されたけど、あとで需要が出てくる本とかな。それだけに、サンリオSF文庫の蒐集は、いばらの道だよ」

 それじゃあ、復刊されるまで待てばいいんじゃないですか。ほら、ちょうど今は、サンリオの復刊ブームなんだし。「氷」「キングとジョーカー」「スタージョンは健在なり」*1も普通に書店で買えますよ。今後も、「エンパイア・スター」や「サンディエゴ・ライトフット・スー」とか、復刊予定があるじゃないですか。本当に、ニューウェーブ好きにとっては、良い時代になりました。

「全冊制覇しないで、古本マニアが自認できると思うなよ! 日本の名だたる古書猛者(こしょもさ?)たちは、こんなの当然揃えてるんだから。……まぁ、それはともかくとしても、少なくとも手に入りにくい名作本を探し出して読む楽しみ、ってのは古本者だけに与えられた特権だと思うわけなんだけど。割と普通の評価の本だとしても、入手に苦労したっていうだけで、若干評価に下駄を履かせるくらいのことはしたくなるのが人情ってもんだろう? ただ、そんな中でも、内容が高評価であったがゆえに入手難度が高いままだった本ってのも確かにあるわけで、その代表例の一つが今回復刊されたマイクル・コーニイの『ハローサマー、グッドバイ』なんだがな」

 まぁ、どっかの誰かさんは、この本をオークションで落札したとき、モニタの前で一人ガッツポーズを決めてたくらいですしね。

「ほっとけ。でも、いくら貴重な名作を読んだとしても、貴重であるがゆえに、他の読者となかなか楽しみを共有できないのが難点なわけだよ。とりわけ、今回の『ハローサマー、グッドバイ』なんか、何よりもオチが大事な作品なんだから、既読者同士でないと全く話ができない。weblogにも内容が書けない。佐久良タンとこうして話をすることくらいしか、できなかったわけなんだけど……」

 今回の復刊で、状況が変わった、というわけですね。やっぱり、良い時代になりました。ただ、不満があるとすれば、サンリオ版のカバー絵そのままで復刊してほしかったかな、と。あの絵は、サンリオの中でも屈指の美しさでしたしね……*2

「確かに、イラストが片山若子ってのは、ちょっと意外だったかな。夏の海なんだから青色って発想は通常だとは思うけど……。少し、あっさりし過ぎてるというか、物足りないかも」

 えーと、それじゃあ、いよいよ内容について触れていきましょうか。久しぶりに読んで、実際どうでしたか、この本は?

「ひと言で言うと、甘甘やね。オチのインパクトですっかりイメージ薄れていたけど、本当に完全無欠のラブストーリーでビックリした。淡い恋心、突然の再会、微妙な三角関係、身分違いの恋。そして引き裂かれる二人。初読の時は、これら全てが、ドラマティックなラストに向けての布石になっていた印象を持ったものだけれど、今回改めて読み直してみると、案外普通に青春していてそれだけで充分お腹一杯になりそうだった。正直危なかった」

 で、肝心のオチに関してなんですが。

「そういや昔、旧サイトでこの作品を取り上げてベタ褒めしたとき、閲覧者の人から『私にはこの話のラストの意味がよく判りませんでした……』てなメールを貰ったっけなぁ。でも、そんな悩むような内容かな、これ。流石に、このオチを読了前に看破するのは至難の業だけど、読了しても判らないほど難解でもないような気がするが」

 じゃあ一応、これ以降はオチの中身に触れるので既読の方のみ読んでもらうってことで、ひとつ。


ハローサマー、グッドバイ (河出文庫 コ 4-1)ハローサマー、グッドバイ (河出文庫 コ 4-1)
山岸真

河出書房新社 2008-07-04
売り上げランキング : 269
おすすめ平均

Amazonで詳しく見る

 ぼくたちはみな、寒さをおそれている――そうした恐怖心は人が生まれつき持っているもので、夜や冬や寒さが及ぼせる害を警告する手段として進化してきたのは疑う余地がない。(P.15)

 ぼくは内心、もしほんとうに凍えてきたら――危険を感じるほどに凍えてきたら――ロリンの一頭に寄りそって、ぬくぬくした長い毛の中に潜りこめばいい、と考えた覚えがある。(P.17)

 恐怖につつまれたぼくは夢を見ているような状態に漂いこんでいて、たちまち自分が裸だということもほとんどわからなくなり、遠ざかっていく伯母の足音もほとんど意識しなかった。そこに横たわっていると、ロリンに抱かれるのを感じ、心に感じる温かさの理由をぼんやりと理解した。(P.20)

 ぼくはリボンのほうをむいた。動く気配もなく、顔は青白いがおだやかだ。うしろめたく思いながらまわりに目を走らせてから、ぼくはリボンの柔らかい胸に手をのせたが、鼓動も呼吸も感じとれなかった。温もりのかけらすらない……。(P.162)

 寒さに体をむしばまれる中で、ぼくはかわいらしい少女の幻を見た。氷魔に足をつかまえられて、たちまち眠りに落ち、無事に目ざめたけれど、眠っていた記憶もなければ、時間が過ぎたという記憶もなかった少女。
 そして最近の、空っぽの小屋、空っぽの天幕……。
 そして昔むかし、ある小さな少年が戸口の階段で、元気いっぱい、しあわせな気持ちで目ざめたことがあった。眠っているあいだ、その少年はきっと息もしていなかったはずだし、心臓も止まっていたはずだ……。
 そのあいだは歳もとらなかったはずなのだ。(P.368)

「というわけで、オチ解説な。結局、40年間続く大凍結は今回が初めてじゃなくて、過去にも経験済みの事だと。そのとき、人類は仮死状態で冬眠することで過ごし乗り越えたわけだが、その間の記憶はみんな完全に欠落しているので、その方法は後世に受け継がれていないことになっている。その、大凍結を乗り越えた肝心の冬眠の方法、それこそが“ロリンに抱かれて眠る”ことだった、というのがおそらく真相なだけなんだけど」

 こうしてまとめると非常に簡単な話ですけど、そこに至るまでの伏線もきちんと整理されてるのが素晴らしいですね。 黙認されていた密輸、偽装された戦争、用意されていた冬ごもり……着実に進められる予期せぬ陰謀。そしてドラマチックな少年少女の別れが生まれ、最後に全てが覆る。この作者の語り口の巧さには正直脱帽します。

「だいじなのは、お話の裏にこめられた意味なんだよ、ドローヴ少年。お話ってのはある目的があって語られるもので、その語られ方にもやっぱり目的がある。お話がほんとかそうでないかなんてのは、どうでもいいことなんだ。それを忘れるなよ」(P.36)


「……とまぁ、そういう事なんだろうな。で総括なんだけど、ちょっとこの小説、ラヴ要素がきつすぎて、歳をとってから読むには正直しんどかったわ。10代の読者が夏休みの課題とかで読んでくれたら丁度いいのに、とは思うけどさ。オレには、正直もうきつくてきつくて。あ、それから、最後に、気づいたことがひとつ」

 ……? なんですか?

「旧訳の“コカ・ジュース”が“コチャ・ジュース”って訳されてる所が気になって仕方ないよ。やっぱり、“コカ”はダメなのかね」

 知りませんよ、そんなこと! あ〜。でも、そういえば昔、コカ・コーラには、本当にコカの葉が入ってたらしい、って噂がありましたけどねぇ。

「『頼むからコカコーラの秘密を漏らさないでくれ――』とウィリアム・バロウズも言ってたしな」

 言ってない! 言ってない!*3

 ――と、どうでもいい感じに話をまとめると、タカオさんは古本熱が再燃したのか、おもむろに部屋を飛び出し、古本屋目指して出かけて行きました。何か収穫、あればいいんですけどね。仕方がないので、私は期待しないで待つことにいたします……。


*1:創元SF文庫「時間のかかる彫刻」に改題

*2:参考:サンリオ版カバー

*3:ウィリアム・S・バロウズ「ノヴァ急報」(サンリオSF文庫)P.9 にそういうセリフが出てくるのは事実。