読まなきゃ祟る平成のお岩さん物語。6年ぶりの学園小説大賞受賞作「末代まで! LAP1 うらめしやガールズ」

末代まで!  LAP1 うらめしやガールズ (角川スニーカー文庫)末代まで! LAP1 うらめしやガールズ (角川スニーカー文庫)
猫砂一平


角川書店(角川グループパブリッシング) 2009-11-02
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おすすめ平均

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ISBN:9784044748012


「……学園小説大賞って、まだ存在してたんだねぇ。知らなかったよ」

 関係者各位が耳にすれば大変失礼にあたると思われる発言をすると、タカオさんは机の上の文庫本を手にとって、ページをめくり始めました。

「大賞受賞作かぁ。うーん。せっかく挿絵も担当するなら、いっそのこと最初からマンガで描いたらよかったのにね。たとえば『学園小説大賞で初めてのマンガ作品受賞! 選考委員各氏大絶賛! “――さすがに、この発想はなかった”』とかどう? おもしろそう!」

 それ、もう「学園“小説”大賞」じゃないですよ……。そして、それ以前に持ち込み先、完全に間違えてる。

「んで、きっちりスニーカー文庫から出すの。全編300ページくらい一挙掲載で。んで、帯には『前代未聞、デビューと同時にコミック化決定! 編集者困惑! 作者も驚愕! “最初からマンガだったんですけど……”』 賭けても良い。これなら絶対話題になるはず。もちろん、書店員の間でも話題の中心にッ! ○○書店書店員(××歳)愕然!“……これ、コミックだったんスか?”」

 驚くトコロがずれてるよ! 内容でビックリしようよ!

「と、まぁ、そういう可能性もあったんじゃないかなぁとは思うけど。折角絵が描けるのに、勿体ない。特に、最近のオタク業界なんて、キャラさえ立ってりゃ、あとは話題になってナンボだよ。ラノベもおんなじ。どうせ文章自体は、ほとんどみんな吟味しないんだからさ……。あれ!? それじゃ別に小説で良いわけか。なんかよく判らなくなってきたな」


■作家が挿絵も担当する作品、「末代まで!

 ともかく、妄想トークは終了して、話を始めていきましょう。今回の課題本は6年ぶりの学園小説大賞≪大賞≫受賞作、猫砂一平末代まで! LAP1 うらめしやガールズ」です。著者が同時に挿絵も担当するって、なんだか久しぶりですね。思わず、折原みと とか思い出しちゃいました。

安彦良和も一時期、小説描いてた憶えがあるけどね。あとは……まぁ、少ないのは確かだけれど、別に例がないワケじゃない。そうそう、そういえば確か『ひだまりスケッチ*1でそんな話あったよな。沙英が、作家をしてるのにどうして美術科を選んだのかって話題になるところ」



「素晴らしき自作自演…!!」



吉野屋先生……。


 色々ひどいなぁ。ちなみに私は、「小説」である以上は、挿絵が誰であってもあまり気になりませんよ。ただ、「商品」として作品を捉えたとき、イラストというのはその商品のパッケージになるので、販売側が気を遣うという心理も当然分かるんですけど。これを作者の視点から見てみると、作者は随分気が楽なんじゃないですかね。自分が描いてしまえば、気に入らないイラスト付けられてストレス溜まることもないわけですし。

「カバー袖や栞の四コマ、口絵のマンガ、あと公式サイト*2での4コマ連載『週刊末代まで!』……と、作者も結構頑張ってると思うよ。できるだけのことはしよう……っていう姿勢は好感が持てる。それに実際、売り込めるわけだからね、自分自身で。それはある意味、強みだと思うけどな」


■「末代まで!」の主人公の名前は?
 そういえば、カバー袖の四コマの話が出たんで、ついでに触れておきたいんですけどね、あそこに落語の「山号寺号」のネタがあるじゃないですか? 本編を読む前に流れをぶった切っていきなり始まる、あの四コマ。実は本編の各章タイトルが全部「山号寺号」になっている*3……っていう前振りの意味があるんですけど、あれ、どういう趣旨なんでしょうね。なんでこんなとこ、こだわるんでしょう? どうせ落語ネタにするんだったら、本編で幾らでもやりようがあったと思うんですけど……。

「オレは落語って良くわからんけど、一応主人公の名前(戒名)が“三号”になってることからしても、“山号”に掛けてるところはあるかもしれんね。もちろん、関係ない可能性の方が高いけど。それより問題はむしろ、こいつの戒名の方だよ! “心霊研究院三号童子”……って、“院号”もらってるやん、こいつ! あかんあかん。こんなんもろたら、後々大変やで。戒名料もごっつとられるし、寺から寄進の要求も絶えんようになってまう。坊主丸儲けや。ダメ、絶対!」

 なんで急に関西弁なんですか、あなた。寺に何か恨みでもあるんですか……。それはともかく、そう言えば、主人公はずっと「三号」って呼ばれてるんで本名が明らかじゃないんですけど、これ、作者の猫砂一平さんはちゃんと考えてるんですかね? 最終的にはどこかで明らかにするのかなぁ……と疑問に思ってもいるのですが。

「あぁ……。今回は良いよ、別に。顧問の先生の名前が“芦屋”だから“蘆屋道満”から採ってるのは明らかだし、新聞部の土門リサも、どうせ“道満”をもじって付けたんじゃないの? そうなったら残るはひとつだけだろ。ドーマンセーマン。安倍晴明。はいはい、安倍氏安倍氏

 えー。もっとやる気出しましょうよ。そんなこといって、実は、土門は「土御門」から採ってるかもしれないじゃないですか。主人公も安倍じゃなくて賀茂だったらどうするんですか。ねぇねぇ……って、もう聞いてませんか、ああそうですか。
  

■「末代まで!」と「四谷怪談」における、“お岩さん”とは

 さて、それでは一応本編について触れておきましょう。高校入学したての三号は、本物の<幽霊部員>お岩さんと花子さんが見えてしまったために、心霊研究会へ半ば強制的に入部させられ、あろうことか末代まで祟られるハメになってしまった……。心霊研の活動内容はただひとつ。老婆走(ババアレース)に出場し、勝利を収めること。そのために、三号はお岩さんと気持ちを合わせ、特訓に挑むことになったわけだったが――。てなわけで本書のヒロインは、カバー絵を見ての通り、幽霊のお岩さんです。お岩さんを萌えキャラにしてしまおう、という作者の逆転の発想にはまずビックリ。原典の「四谷怪談」では、もちろんお岩さんは不美人、というか醜女なために亭主の伊右衛門に離縁を望まれるわけですから、これはちょっと唖然としましたね。

「というか、オレ、“お岩さん”とか言われても、正直幽霊の名前なんて知らないから、よく分かんないんだけど。四谷怪談って何? お皿割る話じゃないの?」

 それは『皿屋敷*4。その幽霊は、お菊さんです。

「じゃあ、灯籠持ってからんころんと、夜な夜な通ってくる話は?」

 『牡丹灯籠』ですね。それは、お露さん。

「死んだはずだよ?」

 ――お富さん。あんた、それが言いたかっただけでしょう!? ちなみに、お富さんは幽霊じゃありません*5。なお、お岩さんについてですが、有名な鶴屋南北の歌舞伎「東海道四谷怪談」ではなく、小説化された田中貢太郎の「四谷怪談*6の方を改めて読むと、お岩さんは本気で末代まで祟っているのが分かります。直接関係ない子孫まで見事に皆殺し。というか、こっちのお岩さん、死なないんですけどね……。

「『末代まで!』のお岩さんは、祟りが趣味だという割に肝心の祟り方を知らないっていう設定なんだけど、ほのぼのしてこの辺は好きかな。あんま、リアルに祟られても、どうしようもないしね」


■「末代まで!」は、「学園小説」or「レース小説」?

「で、作品についてなんだけど。やっぱ、あえて分類するとしたら、“ラブコメ小説”になるんでないの? 一応舞台は学園だけど、別段、学校生活を書こうとしてるワケじゃなさそうだし。“レース小説”としては……大分魅力に欠けるから、個人的にそこはあんまり期待してない。というか、折角競争の概念を持ち込んできたんだったら、乗り物ももっとフリーダムにすれば良かったのに。ババアに乗って登場人物が駆けめぐる……ってのは、絵的にもあんまり美しくないしね。だから、レース物としても、学園物としても、どっちも微妙にずれていると思う」

 じゃあ、今後は心霊研究会の中での、微妙な人間関係と恋愛感情を描いた作品になっていくのを希望する……ということでいいんでしょうか? でも、ラブコメ方向に行くにしても、ここから軌道修正するのは容易ではないと思われますけども……。そこで私の方は、今後は土門リサの積極的な登場に期待したいと思います。この娘、存在感ある割に言動が常に上滑りしすぎてて、ちょっと残念なキャラになってますし。ドリフネタとかはダメですよ。もう少し、ギャグセンスを磨かないと。これは作者の今後の課題って事で、ひとつ。

「んじゃあ最後に、オレの方からも作者への要望をひとつだけ。“老婆走”って設定は今からでも、改めた方がいいんじゃないかな。とりあえず、そう申し上げておきます。――“老婆心”ながら」

 おあとがよろしいようで。

 

*1:ひだまりスケッチ」(著:蒼樹うめ芳文社 刊)

*2:http://www.kadokawa.co.jp/matsudai/

*3:「一目散の固辞」「晩餐後の怪事」……等、タイトル全て「○○さん□□じ」という形式になっている。

*4:関東の『番町皿屋敷』、関西の『播州皿屋敷』が有名。

*5:「粋な黒塀 見越しの松に 仇な姿の 洗い髪 死んだ筈だよ お富さん 生きていたとは お釈迦さまでも 知らぬ仏の お富さん」
 昭和29年、春日八郎の大ヒット曲「お富さん」より。この曲の元ネタは、歌舞伎の「與話情浮名横櫛」です。

*6:四谷怪談」(著:田中貢太郎)は青空文庫で読めます。ほんの数分で読める作品なので、一読をお薦めします。