狂っているのは、世界かそれとも彼女の方か。田中ロミオが挑む、初の学園ラブコメ小説「AURA 〜魔竜院光牙最後の闘い〜」


「高校時代、同じ学年の男子に、植物と話ができるって噂のヤツが居てさぁ」

 手元の文庫本を、読み終えた本で出来た山の一番上に乗せると、タカオさんは突然話を始めました。

「まぁ、俺とは違うクラスだったし、直接そいつと会話したこともなかったんで、そのとき俺自身としては、変な噂が流れてるもんだなぁとしか思わなかったんだけどさ」

 えっと。草木と話をする人って、別に珍しくもないんじゃないですか。私の周りにも、育ててるサボテンに毎朝声をかけてる人とか、実際いましたよ? 何かのセラピーとかでも、そういう行為に一定の効果があるって、耳にしたことがありますけど。

「違うって。俺はいま、話が『できる』って言ったの。つまり、会話や対話の類だな。こちらが一方的に話すんじゃない。相手の声が聞こえる、自分の意思が伝達できる、相手の気持ちが理解できる。そういう双方向性を持った一連の動作を、その男子は可能らしいっていう、そういう話を聞いたの」

 はぁ。流石にそれは、少々突飛な感がしますね。

「でもまぁ、俺の出身高校はわりと長閑な校風だったからさ。そのことが原因でいじめに発展したりすることもなかったようだし、そいつは、ちょっと変わった"芸風"を持ったヤツって位置づけをされるにとどまっただけみたいなんだけどさ」

 でも、会話ができるってのは凄いですね。羨ましい。ちょっと憧れてしまいます。

「あれも、妄想戦士(ドリームソルジャー)の一人だったのかね……」

 いや、それは即断できないでしょう。本人が自覚的に嘘をついていたのならともかく、そうでないのであれば、こちらがその事実を検証するのは不可能なのだから、一概に、私たちの側がそれを否定することはできないように思います。それに、人間同士でも同じことでしょう。なまじ中途半端にことばが理解できるがゆえに見えなくなっていますが、相手の意思を本当に自分が十分理解できているのかなんて、結局誰にもわからないんですから。それは、ある種の“信仰”に近い問題です。人同士でさえ意思の疎通がはかれるかどうか怪しいというのに、相手が植物だからといって無理な話だと決めつけるのはどうかと思いますよ……。

「いやいや、そんな哲学的な話はここではおいといて。それに、佐久良タンの今の話をまともに考えだしたら、世の中、精神病の患者は一人もいなくなっちゃうよ。その人が狂っているとは、誰も証明できなくなるからさ。ロラン・バルトも書いてるだろう。『自分の目にわたしは気のふれたものと映る(わたしは自分の錯乱のなんたるかを識っている)のだが、他人の眼にはただ変わっているだけと映るだろう。わたしが自分の狂気をいたって正気に物語っているからだ。』*1……」

 『恋愛のディスクール・断章』ですね。実際、狂気に陥った人に「あなたは狂ってますよ」と説明するのは非常に困難なんですよ。ましてや、その説得に失敗すると大変ですから。結果的に、より意固地になっちゃいますので。これなんかは、心理学における“ブーメラン効果”の一例ですね。

「そんなわけで、話を進めると、今回は、ちょっとおかしな女の子と、その子に翻弄される主人公のドタバタを描いたラブコメディ『AURA』を読んだわけ。佐久良タンはこれ、一体どう読んだのかね?」

 概ね、これはまぁ、面白いと言っても問題ないんじゃないでしょうか。ただ、手放しでこれを褒めてしまうのはどうかと思いますけど。なんと言いますか、こう、喉の奥に小骨が刺さったままのような、あるいは隔靴掻痒のような、そういう読後感がしました。

「出版社側は、田中ロミオが学園ラブコメを書いたってことを売りにして販売している節があるけど、果たして、本当に田中ロミオはこの作品を書きたかったんだろうか。いざ“あとがき”を読んでみても、不満と皮肉が見え隠れした文章なもんで、『プロの作家は大変だなぁ』と思わず遠い目になってしまったんだが……」

 まぁ、作者の胸の裡はともかく。ストーリーはシンプルだし、アイデアも突飛過ぎるものじゃないから、評価されるとしたら、それはやはり作者の「語り口」にあるのだろうと思いますよ。言いかえれば、作者の手腕というやつですか。流石はPCゲームのシナリオライターが本業というだけあって、男子高校生の一人称文体はお手の物ですね。テンポは良いし、読んでても殆んど苦になりませんでした。

「ネットの感想サイトを見ていると、どこも大体"スクールカースト"と"邪気眼"の2大ネタ小説って扱いみたいだがね」

 深夜の校舎内で出会った魔女の格好をした女の子。主人公はその少女に不思議の一端を見出し、再会することを望むが、事件はそのわずか1秒後に起こるのだった。彼女はなんと、入学式以来ずっと不登校のままだったクラスメイトの佐藤さんだったのだ。深夜の学校内では神秘的だったその少女の姿も、平日昼間の学校内ではただの変人コスプレ女にすぎず、主人公の佐藤くんは、彼女の取扱に右往左往。中学時代の痛すぎる自分の過去を見せつけられているようでもあり、苦難の日々が始まるのでした。……という話ですね。

「出会いにしろ、結末にしろ、連想するのはやっぱり、PCゲーム『Kanon』の舞シナリオなんだよな。夜の学校に忘れ物を取りに行って、その途中で何かと闘う少女と出会う。で、紆余曲折あって、物語は収まるべきところに収まる。違うところは、舞には佐祐理さんがついてるけど、佐藤良子には誰も友達がいないって点と(子鳩さんは良い線いってるけど、やっぱり“友達”ではないので)、彼女は妄想戦士でしたっていう部分なだけなんだけど。それにほら、ちょうど『Kanon』の作中にはこういうセリフがあったしさ」

もし夢の終わりに,勇気を持って現実へと踏み出す者が いるとしたら,それは,傷つく ことも知らない無垢な少女の旅立ちだ。

 『AURA』でもこの一文は通用すると思いますね。なぜなら、佐藤良子は傷つかないんですよ、自分内にもう一人の自分を設定しているから。周囲に不満を持ったとしても、間違ってるのは“世界”の方だと思い込んでいるので。まぁ、当然のことながら、そんなのがいつまでも維持できるはずがなくて、途中で破綻するんですけど(P.244)、そのせいで、自分の中の“世界”を取り戻すために神殿を完成させようと急ぐわけです。まぁ、結局、彼女の思惑通りにはならなくて、ハッピーエンドってことにはなるわけなんですけど。

「で、問題はその、神殿作りなんだけどな。これ、良子は一体、いつから造り始めたんだろうな。本文には、そこのところは、一切書かれてないんだがな」

 

「扉にカギがかけられていて開かない」
「立入禁止だからな。自殺防止で」
「いいや、その情報には誤りがある」
(中略)
「でも、立入禁止だからさ。どうにもならんよ。我慢するか、別の設定を考えるんだな」
「通常任務では必要がないので支障は出ない。が、任務を終え向こうの世界に帰還するためには必要になってくるだろう」
そのうち絶対に行きたい場所ってことか。
「……でもな、勝手に出たら先生に怒られるんだよ。カギだってないし」
「問題ない」
良子が機械杖を操作すると、先端からシャコンと耳かきみたいな金属板が飛び出した。
「それは?」
「マジカルキーピック」
「おい!」
犯罪の香りがした。いや、犯罪の香りしかしない。
「シリンダー内部にこのピックとテンションで魔力を流すことで鍵を突破可能」
「これっぽっちも魔力使ってねぇ! 犯罪テクニックだろ! ダメダメ、没収!」
全て回収した。

(P.131-133)

「<神殿>の構築は、すでに秘密裏に進められている。完成まではもうさほどの時間も必要ないはず」
(中略)
「神殿を建てる予定地はもう決まっているから、あとは作るだけだ。簡単便利だ。居住性は必要ないため手抜き工事でも問題ない。姉歯耐震偽装物件でも構わないのだ」

(P292-293)

 普通に考えたら、古書店に一郎が良子を呼び出した日から、良子が次に登校して一郎と喧嘩するまでの間に着手してるんじゃないですか。で、そのとき「二度と俺に話しかけるな」と言われたのが引き金になって、すぐに屋上に立てこもって完成を急いだ、と。だから2人で最初に屋上手前まで来たときは、まだ着手してなかったと考えるのが妥当でしょう。その間、屋上の錠はついたままですけど、ピッキング道具は一郎が既に没収してしまったので、解錠せずに破壊して侵入した、と。

「やはり、そう考えるわな。そうなると、第2の疑問。良子はなんで、深夜の学校にいたわけ? 今まで一度も登校していなかったのに」

 ……あれ? そういえば、その点については、全く語られていませんね、この作品。化け物と闘っていた……ていうのは、嘘設定ってわけだから、そうなると良子が学校にいる理由がないです。それじゃあ、やっぱり、入学して1週間、夜中の間に神殿を作っていたってことになるんでしょうか。

「じゃあ、神殿については、その解釈でいこうか*2。でも次に、その化け物については、どうなの? これ、結局なんだったのよ。魔女の服はコスプレ、中年男の声は声帯模写ってことになってるけど、あの“情報体”については、解説されてないだろう。煙玉? それはないな、1階で煙玉を使ったら、火災報知機が鳴るんだから」

 それじゃあ、やっぱり作者に続編を作ってもらって、その中で明らかにしてもらうしかないでしょう。それこそ「魔竜院光牙最後の闘い〜新たなる闘い〜」ていうやつで。

「そうなると『トレント最後の事件』*3みたいになるけどな」

 万一、あの情報体が実際の化け物なんだとしたら……そうなると、佐藤良子は本物の異世界人って解釈もできるし、とんだどんでん返しが生まれる可能性もあるんですがね。まぁ、なにはともあれ、今作は、田中ロミオライトノベルに対する愛情、みたいのが感じられる作品でした、ってところでひとつ。てなわけで一応、今回の最後は珍しく、引用で締めておきましょう。

「……強い人間になるつもりだったんだな、きっと。今はいろいろトラウマで正視できないけど、強くなったらそういうのも平気になるはずだ。昔は馬鹿なことしてたなって、すっきりした顔で笑い飛ばせるはずなんだよ。そしたらさ、続きを一気買いして読んでやろうって。いい大人になってるかな、その時の俺。へっちゃらな顔して、ライトノベル読んでやりてぇ」

(P331)

AURA ~魔竜院光牙最後の闘い~ (ガガガ文庫 た 1-4)AURA ~魔竜院光牙最後の闘い~ (ガガガ文庫 た 1-4)
田中ロミオ mebae

小学館 2008-07-19
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ISBN:9784094510805

*1:ロラン・バルト「恋愛のディスクール・断章」(みすず書房)より。
 「恋するわたしは狂っている。そう言えるわたしは狂っていない。わたしは自分のイメージを二分しているのだ。自分の目にわたしは気のふれたものと映る(わたしは自分の錯乱のなんたるかを識っている)のだが、他人の眼にはただ変わっているだけと映るだろう。わたしが自分の狂気をいたって正気に物語っているからだ。わたしはたえずこの狂気を意識し、それについてのディスクールを維持し続けている。」

*2:どうでもいいけど、机でできた<神殿>って、まるで「ネギま!?」のOPみたいですね。

*3:E.C.ベントリー著 創元推理文庫 他。原題 "Trent's Last Case" 海外ミステリの古典的名作。「最後の事件」と言いつつ、その後にシリーズ化されたため、実はシリーズ第1作となった作品。