ゴミ箱から生まれるストーリー。第5回ライトノベル新人賞受賞作。岩波零「ゴミ箱から失礼いたします」

ゴミ箱から失礼いたします (MF文庫J)ゴミ箱から失礼いたします (MF文庫J)
岩波 零  異識

メディアファクトリー 2009-11-21
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ISBN:9784840130943

「最近は、学校の教室から出るゴミって、どうやって処分してるんだろう……。いま、焼却炉ってないんだよね?」

 昔を思い起こして、タカオさんが静かに呟きました。

ダイオキシンの発生だの、廃棄物処理*1だの、昔とは随分、様変わりしたもんだな。当時は、焼却炉って大抵、学校の敷地の隅にあったから、ゴミ捨て行くのも面倒だったモンだよ。放課後の貴重な時間……ジャンケンに弱かったオレは、どれだけその時間を無駄にゴミ捨てに費やされたモノか」

 ゴミとかって、今はもう、全部業者が持ってってるんじゃないですか。野焼きとかはしないし、実際やったら大問題。ただ、ゴミの分別がどうなってるのか、という点についてはよくわかりませんが……。やっぱり、教室にゴミ箱は1個だけなんですかね?

「さあなぁ。そんなわけで、今回の課題本は、ゴミ捨ての途中、ふとした思いつきでゴミ箱に入ったら抜けられなくなり“妖怪ゴミ箱男”になってしまった高校生男子と、そんな彼の前に現れた同級生の美少女やらの様子を描いたコメディ作品『ゴミ箱から失礼いたします』。オレが高校生だった頃は、ゴミ箱なんて、下半身が隠れるくらいの大きさなんか無かったけどな。まぁ、私立と公立とかでも差はあるから何とも言えんけど」

 そうですか。私のトコロでは、なんか蓋がないドラム缶みたいなのに、取っ手がついたようなヤツが多かったですけど。まぁ、そんな話はここではどうでも良いですけどね。

「あったなぁ、ドラム缶式のゴミ箱。中学の頃、おバカな男子が、水入りバケツ振り回すみたいにゴミ箱で遠心力を試そうとして、真上まで持ち上げたときに思い切りゴミ被ってたの思い出した。『(ゴミを)かぶってやがる! 重すぎたんだ!*2』とか思ったもんだ」

 そりゃ、重いでしょう。あんなの……。


■「ゴミ箱から失礼いたします」は、安部公房箱男」へのオマージュなのか?

「さて。それじゃあ、作品についての話を。まず、本書のタイトルを目にして、真っ先に思いついたのが安部公房の名前だった。すなわち『箱男』ね。“ゴミ箱男”って単語を思いついたんだったら、当然前提として、この作品は連想するだろう。ましてや、作者みたいに書店員の経験がある人だったら、なおさらな」

 それは……どうでしょうか。本に囲まれて生活しているからといって、必ずしもその人が本や小説に詳しいとは限りませんよ……。だいたい、本書はライトノベルじゃないですか。今となっては文学扱いされてる安部公房を下敷きにしているとは到底思えませんが。

「だめだめ。そこはハッタリで押し切らないと。それに、両方を読んでる読者なんてどうせそんなに居ないからさ、発想したもん勝ちだよ。ちなみに、“箱男”ってのは、頭からダンボール箱を被って生活する男のことで、この箱男が覗き穴を通して見た世界を記述したものが『箱男』っていう作品になっている、というメタ文学なわけ。内容的には、自己と他者の境界とか世界と私を切り分ける曖昧な皮膜といったアレコレを“箱”という素材を使って表現した作品、とでも説明しておこうか。覗いたり覗かれたり、という関係性とかね。滅法面白いんだけど、内容面では多重的な解釈を要求されるので、そういう“考える読書”が嫌いな人にはお勧めしかねる逸品。でも名作」

 ただ、『ゴミ箱から失礼いたします』の方は、そういう寓意とかを一切含んでいない単純な娯楽作品なんですけどね。好きでゴミ箱に入ってるワケじゃなくて、なぜか「出たいけど出られない」って状態を面白おかしく描いたドタバタコメディですから*3。その軽さが特徴であり、また若干物足りなさを感じさせる部分でもあるのですが、まぁ無い物ねだりしても仕方がないので、私は多くは語りません。

「『ゴミ箱…』が作中で、自分とゴミ箱の境界線がどうたらとか、そんな事を語り始めたら読者は絶対ドン引きするだろう。だからそういう風に読者の鼻につくようなテーマをとっても仕方がないよ。なので、哲学的テーマは採らない。哲学的意味はありません*4。大事なことなので二度言いました*5。ところがだ、ライトノベル読者にもウケが良さそうな両者の共通項ってのがたった一つだけあってだな……」

 それについて、今から考える、と。


■「ゴミ箱から失礼いたします」における、美脚への執拗なこだわり

「さて、一読すれば分かると思うが、この作品は全編において、作者の“脚”への愛が充ち満ちている。妹の脚力、ヒロインの美脚、ふとももに固執する変態男子。第一に、そもそも“ゴミ箱の中に入る”という所作自体が人体の部位たる脚への活動制限を意味しており――」

 うわ。いきなり本題に来た。いやいや、ないない。流石にそれはないでしょう。単に作者が“脚フェチ”なだけなのでは?

「加えて、主人公の妹(紅子)と生徒会長(沙紀)は、足の速い陸上部だ。そういえば、沙紀と美月の姉妹は、名字が赤星じゃないか。これはアレだな。阪神盗塁王・赤星から名前を採っているに違いないな……」

 もしもーし、だから、人の話を聞いてくださいな。会話が成立しなくなっちゃう。こじつけも流石に非道いと呆れられますよ?

「うん。そうか。じゃあ、赤星の線は、違う解釈でいこう。――“赤い彗星”でどうだ。これなら3倍速く動ける。脚フェチも満足」

 それ、むしろ“脚がない”MSを使う人ですよ……。偉い人にはそれがわからんのです*6

「とまぁ、冗談はともかく、本書において脚への描写が横溢しているのは事実だ。たとえば、この部分とか」

僕は驚き、声のした方向へ視線を向ける。
 するとそこには、物凄い美人が立っていた。長い銀髪で、少し目付きは鋭いが整った顔立ち。肌は透き通るように白く、特にすらっと長い脚が魅惑的だ(目線の高さの都合上、どうしても僕の視線は彼女の下半身に向かいがちである)。

(P.22-P.23)


「もちろん、安部公房の『箱男』においても、脚の描写は徹底的に出てくる。むしろ、女の描写があるときは必ずと言っていいほど登場する。これは、自己と他者との境界を近づけるモノとしての隠喩を“脚”の中に含ませているのかもしれないけれど、実際のところオレにもよくわからん。なので解釈についてはここでは省略するけどな」

 

いったいあの脚の、何がこれほどぼくをひきつけるのだろう。生殖器を暗示しているからだろうか。たしかに現代の衣服の構造からすれば、性器は胴よりも、脚に属していると考えるべきかもしれない。だが、それだけだったら、もっと性的な脚がいくらもある。箱暮しをしていると、もっぱら下半身で人間を観察するようになるので、脚には詳しいのだ。脚の女らしさは、なんと言っても、その曲面の単純ななだらかさにあるだろう。骨も、腱も、間接も、すっかり肉に融けてしまって、表面にはもうなんの影響も残さないのだ。歩く道具としてよりは、性器の蓋としての方が(中略)、たしかにずっとよく似合う。蓋はどうしても手を使って開けなければならない。だから女っぽい脚の魅力は(この魅力を否定する奴は偽善者だ)、視覚的であるよりも、むしろ触覚的にならざるを得ないのだ。

――安部公房箱男」より


 ダンボール箱を被って生活する“箱男”と、ゴミ箱に入って生活する“妖怪ゴミ箱男”。どちらも、「目線が下半身に集中する」という共通点は面白いと思いますけどね。……ただ、これも単なる偶然だと思うので、深入りはやめた方が良いですよ?

「やれやれ。相変わらず、佐久良タンはロマンがわからない人だよ。まったく」


■軽妙な会話主体で魅せる「ゴミ箱から失礼いたします

 ところで、本書の魅力は、ヒロインのキャラクター性とテンポの良い会話文だという評価が多いみたいです。また、実際に私もそのように感じました。タカオさんの意見はどうでしょうか?

「それ、銀髪美少女ヒロイン萌えの総受けラノベサイト管理人氏の意見だろ……。参考になるのかな*7

 へ、平和さんを悪く言うな! ……はっ!

「……とまぁ、こういう風に無意識に本音を語ってしまうキャラとかも登場するし、変な会話も一応展開されるわけだが、うーん、ヒロインと妹以外のキャラはちょっと弱い印象を受けたかな。赤星姉妹も含めて」

 本音じゃないよ! 口が滑っただけだよ!

「だから、それを本音というのだ」

 ……コホン。というわけで、このように私たちだけではテンポの良い会話ってのを実践するのは難しいわけですが、『ゴミ箱…』ではその点を上手く見せていたと思います。テンション高いツッコミって文章で書くと、下手したら、読者がすぐに引いてしまうので大変なんですよね……色々と。個人的には、話の最初辺りで展開してた、妹と主人公の会話が特に面白かったです。妹の守銭奴っぷりといいテンションの変わりようといい、なんだか、小説と言うよりむしろ落語的な面が強いかな、とは思いました。

「いや、だからオレ、落語のことはよく分からないんだってばさ……」


■むしろ、異識のイラストが魅せる、「ゴミ箱から失礼いたします

「オレとしては、むしろ褒めるべきなのは異識のイラストにあるんじゃないかと思ってる。これ、依頼した人は偉いよ。本来、小説でイラストを褒めるって事はオレはあんまりしないんだけど、全体的にポップな感じといい、主人公のとぼけた雰囲気といい、よく表現されてる。あと、イラストで一切エロ描写がないのも流石というか」

 おかげで、『あっちこっち』*8とキャラが被って見えちゃう面はありましたけどね。水無氷柱がつみきさんに見えたりする瞬間も、あったりなかったり。ヒロインは天の邪鬼だし、主人公は天然系だし、キャラ構成の部分でもよく似てるんですけどね。

「だから、そういう点も含めて、イラスト担当に選んだ人は見る目があるな、と。挿絵を見るたび、なんだか無性に和んだし。まぁ、むしろラノベ読者にしてみれば、『脚なんかいいんだよ、なんでパンツ描いてないんだよ、ぱんつぱんつ』とか、思ってるのかもしれんけどな」

 あなた、ライトノベル読者をなんだと思ってるんですか……。

「さしずめ、『パンツ“が”ないから恥ずかしくないもん!』*9ってところかな。あ、もちろん恥ずかしくないのは読者の方ね。電車の中で読んでも、挿絵が恥ずかしくない。これ重要! (キリッ」

 “(キリッ ”とか言ったら何でも許されると思ったら、大間違いですよ、まったく……。

*1:正式名称「廃棄物の処理及び清掃に関する法律

*2:元ネタは劇場版アニメ「風の谷のナウシカ」より。「腐ってやがる……早すぎたんだ」

*3:逆に、『箱男』では、ダンボール箱から外に出ることは容易であると示唆される。たとえば「むろん箱から出るだけなら、なんでもない。なんでもないから、ムリに出ようとしないだけのことである。ただ、できることなら、誰かに手を貸してほしいと思うのだ。」という文章等。

*4:元ネタは米澤穂信さよなら妖精」(創元推理文庫)より。マーヤの口癖「哲学的意味がありますか?」

*5:元ネタは、小林製薬のタフデントのCMより。みのもんたの「大事なことなので二度言いましたよ」

*6:元ネタはいずれも、TVアニメ「機動戦士ガンダム」より。オタク用語の基礎知識。ジオングに脚がないことをシャアに指摘されたジオン兵のセリフ「あんなの飾りです 偉い人にはそれがわからんのですよ」は有名。

*7:ちなみに、Twitterで本書の感想を質問したときの、平和さんの丁寧な返事がこちら

*8:「あっちこっち」(著:異識、芳文社 刊)

*9:元ネタはTVアニメ「「ストライクウィッチーズ」のキャッチフレーズ「パンツじゃないから恥ずかしくないもん!
 明らかにパンツなのだがそれを「パンツじゃない」と言い張ることで開き直る手法が大ウケ。