長澤真の一大絵巻を見逃すな。描き下ろし多数で贈る圧倒的迫力のフルカラーコミック「せどうか」


「なんか、知らない間に“梁山泊”だとか呼ばれてるんだけど?*1

 普段は周囲の評価などさして気にしないタカオさんが、不意につぶやきました。

「ま、単にアウトロー集団って意味なんだろうけどさ。世を儚みつつルサンチマンを抱える者たちって意味では、大体あってるけどな」

 "読書会の"ってことなので、一応褒めてもらってるんだと思いますけど……。もっと素直になりましょうよ。ツンデレ、格好悪い! 

「――でも、日本を代表するSF系ブロガーだった過去の海燕さんならともかく、今のこの人に言及されてもなぁ……。やっぱ、アイマスの重力に魂を引かれた……もとい、抜かれた人はダメだなぁ」

 まぁ、人には人の、いろんな都合があるんですよ、きっと。

「短編集が販売戦略上不利だってのはともかく、SFマンガというジャンルと相俟って二重苦だ、って意見もどうなんだろ。昔から、マンガというメディアはSFと切っても切れない関係なんだと思うんだが。手塚も藤子も石森も、皆一様にSF作家なんだぞ。ジャンプ黄金期の作品だって、『DRAGON BALL』も『キン肉マン』も『北斗の拳』も『幽☆遊☆白書』も、全部ぜんぶSFじゃないか。SFこそ、マンガ会のメインストリームをリードしてきたといっても過言ではないというのにッ!」

 ――いや、流石にそれは過言ですよ。タカオさんが言ってるのは、“広義のSF”でしょう? 通常の人が持ってるSFの概念と異なりますよ。通常の人はSFと聞けば“ハードSF”を連想するんですから。『2001年宇宙の旅』や『スター・ウォーズ』みたいな。まぁ、それはともかく。とりあえず、前回は色々収穫ありましたね。私たちにとっては、満を持して発売された“待望の”作品であっても、一般的には全然知られてなくて“新鮮”な情報となることもあるってのには、素直に驚きました。

「俺、よく色んな人に『お前の常識が世間の常識だと思うなよ』って言われるんだけどさ、その意味がようやく判ったよ」

 いやいや、それ単に、タカオさんが世間知らずな非常識な奴だって言われてるだけだと思うんですけど!

「自分が知ってることを周囲のみんなもまた知っているとは思わない方が良いって話なんじゃないの? それを言ったら、佐久良タンだって良く友人に『ごめん、そのネタよく分かんない』って謝られてるじゃん」 

 人をハイエンドなオタクみたいに言わないでください。どっちかと言えばそれは、タカオさんの方じゃないですか。

「なに言ってんだよ。ハイエンドなオタクってのはなぁ、もっとこう、違いの判る奴のことを言うんだって。例えば、『渡辺明夫』と『ぽよよん♥ろっく』の絵柄の違いが判るような……」

 判らないって、それ。同一人物だからッ!

「あれ? そうだっけ。でも、まぁ判る人には判るだろう。ジョン・ディクスン・カーカーター・ディクスンみたいな感じでさ」

 一緒にしないで下さい! ファンに怒られます!

「あぁもう。佐久良タン、今日はちょっとツッコミ過多だよ。まぁ、いいや。いい加減ボケるのも疲れてきたので、本論に入ろうか。今回の課題本だけど、海外では JASON 名義でアメコミも描いてる長澤真の国内初単行本『せどうか』ね。作者の長澤真は、新装版「大久保町シリーズ」とか小川一水ソノラマ文庫の挿画なんかでラノベ読者にはお馴染みかもしれない。今回は、[robot]に長期連載されていたフルカラー作品が遂に一冊にまとめられたってだけでも凄いけど、そこに大幅な加筆・修正が加えられてて見事な完全版になっている。これだけ詰め込まれててお値段なんと1500円。ワニマガジン社は、一体どうやって利益出してるんだろうね。何にせよ、これはもう、マンガ好きなら普通買うだろ」

 しっかし、1500円の本を買うのに送料・手数料込みでわざわざ600円払うのは、やっぱりマニアの性(さが)なんでしょうかね? 本屋で買えば済むことなのに、わざわざそこまでする必要があるのやら……。

版元通販で購入すると、特典として作者直筆サイン入りシートが付くからな。そりゃ当然の一択。某『とらドラ!』MAD*2みのりん並に選択肢なし。盛るぜぇ〜、超盛るぜぇ〜!」

 そういう発言が、話をややこしくする元凶なので、いい加減自重してください。話が進みません。それにしても、今回は折角カラー漫画なので内容を引用しようかと思ったのですが、カバー絵が一番気合い入ってることに気がついたので、敢えてスキャンしませんでした。まぁ、中身は見てのお楽しみ、ってことで、ひとつ。

「ストーリーはシンプルなんだけどね。全身が真っ白に変化する「白色病」という奇病を患った野辺乃原の細姫。姫を慮った重臣・虎太郎は、姫と共に病を癒す泉があるという串刺谷を目指すことにした。一方、姫の出奔を知った蓮葉御前は、姫を奪還するべく追っ手を差し向ける。虎太勝Sは姫の護衛のため十次郎という名の一人の忍を雇った。ところが、この忍の正体、人間に恨みを抱いた一匹の物の怪であったのだった。というところか」

 いやぁ、改めて第一話から通して読んでみると、物語の様相が連載時の時に比べて大分変更してあってビックリしましたよ。台詞の変化だけでよくまぁここまで世界観に肉付けできるものだと感心させられっぱなし。野辺乃原・霧金・四条の三国戦乱時代の中で、細姫の存在がなぜここまで重要になっているのかが、非常に良く判ります。お話の中での説得力が増した、というべきかもしれませんが。

「最終話の描き下ろし部分が効いてるよな。細姫の身代わりとなった初と、霧金の直哉の関係とか、円との戦闘シーンとか。連載時に第9話が掲載されたとき、『次回完結』ってなってて『なんでやねん』って俺は正直思ったし、実際最終回読んだ後も、大事な何かが欠けてる気がして猛烈に隔靴掻痒な気分だったんだけど、それがようやく補完された感じ。もっとも、これでもまだ充分描ききってあるとは、思えないけれど」

 単行本化にあわせた加筆作業は相当なものだと思いますよ。細姫の顔とか、物語の中盤ぐらいまで殆ど全部描き直してありますし。このこだわりは凄いです。

「そういや、長澤真って、『FINAL FANTASY』のグラフィック担当もしていた経歴があるんだよな。だからか知らないけれど、何となく、最終章で細姫が成長した姿を見たとき、気分的になんだか、『FF IV』 のリディアが大きくなって再登場した時みたいな感覚を追体験したんだよな。感慨深いというか、どことなく残念というか……」

 それを言うなら、むしろ、十次郎の方でしょう。あの姿は、どっからどう見ても『FF VII』の……。

レッドXIII……だな」

 それだけ言うとタカオさんは、机に向き直って再びネットの世界にダイブしていきました。う〜ん。私は『せどうか』って結構良作だと思ってるんですけどねぇ。作者はモンスター・クリエイターを自認するだけあって、物の怪の造形とかは大したものだし、本書は、陰謀渦巻く戦乱を描いた伝奇SFとしてもコンパクトによく纏まってます。版元のワニマガジン社も、安倍吉俊の『回螺』といい、相当頑張ってると思いますよ? 何はともあれ、もっと広く読まれても良いと思える一冊なんですけどね。ハイ。

せどうかせどうか
長澤 真

ワニマガジン社 2008-10-31
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ISBN:9784862690685