全国の漫画マニア・SFマニアよ、涙せよ! Boichiが贈る今年最高のプレゼント「Boichi作品集HOTEL」


「小説が読めなければ、マンガを読めばいいじゃないッ!」

 断頭台の露と消えそうな勢いで力強く叫ぶと、タカオさんは興奮気味にこちらを振り返りました。

「我々は、仕事が忙しいとか、紹介すべき本がないとか、愚痴と言い訳ばかり繰り返してないで、前向きに良作を探し出す努力とそれを読破する時間の確保を続けるべきではないのかね? そして、本来、選ぶべきジャンルやメディアにこだわる必要もないはずだ。面白ければ、マンガでも何でも、もっと全力で採り上げるべきなんだよ!」

 そんな異常に高いテンションでセンセーショナルなこと言われても、「なんだってー」とか、絶対言いませんからね、私は。*1。それに、そもそも毎回課題図書をきちんと読んでおかないのは、私じゃなくてタカオさんの方なんですけど……。あまつさえ、直前に作品を変更したりしちゃうし。

「――というわけで、俺は考えた。マンガなら速攻で読み返しが可能だし、なにより紹介するときも引用が簡単だ。だから今後は、積極的にマンガ紹介を採り入れていこうと思う。文句はないか?」

 上手く話をすり替えましたね。まぁ、別に異存はありませんが……。でも、結構難しいと思いますよ。基本的にマンガって小説に比べて長編が主流な上、長期連載が当たり前の世界なんですから。仮に私たちが作品を途中までの段階で大絶賛したとして、いざその作品が最終局面で風呂敷の畳み方を誤った場合、立場上全力では批難しにくいでしょう? 中途半端な紹介は、責任を伴う以上やるべきではないと思いますけど。

「心配ないって。そんな事いちいち誰も気にしてないから。それにラノベだって事情は同じだろ。ラ管連*2の人たちだって、別に二枚舌なわけじゃないし。『最高傑作級〜』な作品が、続編で『ゴミ。』とかバッサリ斬られてても、気になるどころかむしろ笑えるじゃん*3

 タカオさん、そのうち誰かから恨みを買いますよ……。まぁ、それはともかく、小説以上にタカオさんはマンガ好きなんだから、それでも別に良いと思いますけどね。実際、面白いマンガを紹介して欲しい、って声もいくつかありましたし。

「そういや、この夏にもSF大会で訊かれたなぁ。完結している作品縛りで名作を教えて欲しいって。じゃあ、weblogで紹介するよ、って答えといたんだけどさ……」

 ……weblog更新するのは、貴方じゃなくて私なんですがね。ま、それはともかく。そのまま現在に至る、と。

「だってさ、既に完結している作品が、面白いはずないじゃないか。『この先どうなるんだろう』という先の見えないドキワク感があってこそ、マンガを読む楽しみがあるワケなんだし。まったく、ラノベ読みのくせに、そういうところを判ってないんだなぁ、平和さんは」

 名前出しちゃったよ、この人!

「とても、『とらドラ!』の展開に一喜一憂してる人とは思えないよな。まぁ、そういう経緯もあったりしてさ、こちらの紹介もして行こうと思った次第だ。とりあえず、今回は希望に沿う形で短編集でお茶を濁しとくけど」

 それで『Boichi作品集HOTEL』の紹介なのですか。でもこれ、お茶を濁すなんてレベルのものでは全くないですよ。完全に、今年刊行されたマンガ作品の中においても、最上級レベルの品質の一冊ではないかと思いますけど。私は、ついこの夏に「全てはマグロのためだった」をモーニング本誌で読んで、「今年の星雲賞は、これにあげても良いんじゃないかな?」と思ったんですよ。けど、まさかその数ヶ月後に短編集が出て、それに収録されるなんて夢にも思いませんでした。嬉しい誤算というやつですね。

「完成度の点から行くと、やはり表題作の『HOTEL -SINCE A.D.2079-』が頭一つ抜けてる感じかな。作者のBoichiはSFマンガを描くために、わざわざ大学で物理を学んだという人らしいので、本質的にSF者なんだろうと思うんだ。この作品集自体も、アーサー・C・クラークに捧げられてるくらいだし、そんな作者が書いたこの初めての本格SF作品こそ、Boichiの本格デビュー作品といっても良いと思うけど。ちなみに、ストーリーを説明するとこんな感じ。加速度的に温暖化が進み、絶滅が避けられなくなった人類は、罪を犯した『責任』を負うため、生物のDNAを貯蔵する巨大な塔を建設することとした。後に『ホテル』と呼称されるこの塔を守るのは、ルイと名付けられた1台のコンピュータ。環境が変化し、人類が滅亡しても、彼は自己修復・自己増殖を繰り返し、愚直に塔を守り続ける。気が遠くなるような膨大な時間が経過しても、塔は依然、そこにあった。そして、2700万年後、遂にひとつの奇跡が起こる――」

 ラストの1ページは泣けますよね。画力もさることながら、構成力と見せ方が段違い。繰り返される伏線(謎)に対して、明かされる真実自体には意外性は殆どないのだけれど、それゆえ納得がいく展開になっていて素直に感動できます。台詞まわしからラストのクレジットに至るまでしっかり計算されていて、尋常ならざる読後感を得ることができました。名作過ぎですよ、これ。

「2作目『PRESENT』は、打って変わってウェルメイドなラヴ・ストーリー。病による長い期間の眠りから目覚めた妻・花子。しかし、彼女は3日間しか生きることができない身体になっていた。高尾親子は、そんな彼女を暖かく見守ることにしたのだが――という話。俺はこれ、今ひとつな気もしたんだが、佐久良タンはどうだったよ? やっぱり名作指定?」

 そりゃ、当然名作でしょう。もっとも、パンチが足りない分、佳作程度にしておいても良いですが。ただし、P.85では心底震えました。正直ヤラれた、と思いました。ほんの僅かな台詞の中に潜む、両手一杯の愛と優しさ。主人公たちの葛藤が一気に昇華するこの瞬間のカタルシスといったら、もう! もう!

「3作目の『全てはマグロのためだった』はどう? 俺はこの作品、バカバカしくって大好きなんだけど。くだらない内容を高いレベルで実現させるとこうなる、ってな見本だよな、これ。地球から絶滅したマグロを求めて、捜索したり創作したりするおバカな天才の一代記。いや、本当にギャグとしてよくできてるぞ」

 繰り返されるトライ・アンド・エラー。そのテンポの良さが素敵ですね。実際、内容の濃密さには驚愕します。このページ数でこれだけの事をするってことが驚異です。来年の星雲賞には、是非選ばれて欲しい作品かもしれません。

「ギャグといえば、4作目の『Stephanos』も異常作だったけどな。これは絶対気付かねー。騙し絵的な手法で魅せる一発勝負の物語。妙に画が上手いだけに、ラストのポカーン度合いが増してしまうのが難点だ。いや、勿論これは褒めてるんだけどな」

 結局、どの作品にも共通して言えるのは、Boichiの作品はどれも「喪失」から始まる物語だ、ってことでしょうか。起こることが約束された不可避の悲劇。それは滅亡であり、死であるのだけれど、ストーリーは常にそこから生まれます。主人公たちはそれを受け容れ、否定し、煩悶しますが、それら回避不能な現実を前にして、最善の方法を模索しようとするのです。ルイは塔を維持することを選択し、高尾は妻に、ある贈り物を贈ろうとして苦悩する。汐崎潤は、生涯をマグロの捜索/創作に費やした。どうしようもない現実に直面してなお足掻こうとする人間の姿の中に、人生の意味がある。Boichiの作品がどれも素直に私たちの胸を打つのは、「何のために人は生きるか」という単純かつ難解な命題に対し、登場人物たちがあまりに素直に、あまりに懸命に一直線に突っ走るが故に、私たちの共感を容易に得ることができるからかもしれませんね。

「今回は、とりあえずベタ褒めするしかない作品なので、余計な口は一切挟まないでおくわ。マンガ好きなら当然買うだろうし、買ったら勿論評価せずにはいられないだろう。この才能を見過ごしてはいけない。誰でも良い、作者に会ったら言って欲しい。たった一言『クリスマスプレゼントありがとうございます』と」

 それだけを一息に言うと、タカオさんはまた、机に向かって別の作品と向き合い始めました。折角名作と出会えたのだから、もう少しその余韻を楽しめば良いのにね。

Boichi作品集HOTEL (モーニングKC)Boichi作品集HOTEL (モーニングKC)
Boichi

講談社 2008-10
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ISBN:9784063727456

 

*1:ご存じ「MMR」ネタ……と思わせて、実はそれをパロった「ひろなex.」ネタ。
 曰く「あたしがセンセーショナルなこと言うから続いて「なんだってー」って言う遊びをしよう」

*2:ライトノベルサイト管理人連合」の略。大手ライトノベルサイトの管理人は仲が良く横の繋がりが強いため、色々と批判的な意見を他の人が発表しにくい状況になっている、との主張からこの状況を揶揄する意味で名付けられた蔑称……だったような気がしますが、もう良く判りません。

*3:これはあくまでも喩えの話です。「好きなら、言っちゃえ!! 告白しちゃえ!!」で、そういう評が過去にあったわけではありませんので、あしからず。