壁井ユカコの新シリーズは、女子化・女子寮・時間SF!? 「クロノ×セクス×コンプレックス」第1巻

クロノ×セクス×コンプレックス 1 (電撃文庫 か 10-17)クロノ×セクス×コンプレックス 1 (電撃文庫 か 10-17)
壁井ユカコ


アスキー・メディアワークス 2009-11-10
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ISBN:9784048681452


「出会い頭に女子高生とぶつかって何かが始まる物語もあれば、まったく何も始まらない残念なことだって、ときにはあるんだよ!」

 えっと。タカオさんいきなり何を言ってるんでしょう。もしかして、それ、この人のことですか?*1 一応、人身事故ですよ。他人の不幸をネタにするのは、いけないと思います! というか、女子高生と衝突しても何も始まらないのが世間では普通ですよね……。

「というわけで、今回の課題本は、主人公の高校生男子が女子高生とぶつかって“女子化”“魔法学校入学”“タイムリープ”を経験するという色々な要素が詰まった てんこ盛り作品『クロノ×セクス×コンプレックス』に決まり。今回は珍しく、電撃文庫の新シリーズを発売直後に読んだわけだが、さすが壁井ユカコ。なかなかどうして作品の要所要所を巧く処理してあって、非常に面白かったよな」

 作中とか作者あとがきでは、ハインラインの『夏への扉』や筒井康隆の『時をかける少女』に関する言及もあったりして、時間SFであることの明言もあるわけですけれど、電撃編集部的には帯の強調を見る限り*2、性転移、魔法学園ファンタジーが先に来て、最後に「タイムリープ」なんですね。作品タイトルは「クロノ×セクス……」だから、時間SF要素が先なんですけど。

「バカだなぁ。『SF』って書いたら、中高生に売れなくなるじゃん。要は、イメージ戦略だよ」


■SFとしての「クロノ×セクス×コンプレックス

 ところで、タカオさんに意見を訊きたかったんですけど。今回の話って、タイムリープと性転移がメインの話なわけでしょ? それじゃあ普通、その手の作品で例に挙げるとしたら、同じハインラインでも通常『夏への扉』じゃなくって『輪廻の蛇』になるんじゃないんですか? なんか、その点がちょっと気になると言いますか、釈然としない部分ではあるんですけれど。

「そこはやっぱり、『夏への扉』の方がメジャーだし扱いやすい、っていうのはあったんじゃないか。それに、『輪廻の蛇』はタイムパラドックスものだから、テーマ的にも差し障りがあったのかもしれない。別に良いじゃん、『夏への扉』で。オレはもちろん“ピートの肩を持つ”*3よ。ちなみに、オレはむしろ、『時をかける少女』の方が気になった。過去に遡航するタイムトラベルものは多いのに、なんで敢えてそれを選ぶのよ? 何か理由があるんじゃないのか?」

 男女間での肉体転移の話が来て、その次に『時をかける少女』が来る……。あぁ、なるほど。大林宣彦ですね! 『転校生』『時をかける少女』そして、最後には『さびしんぼう』……となるかどうかはともかく。「尾道三部作」ですか! ただ、作品の舞台が、尾道と魔法学校とでは、若干懸け離れすぎてる気がしますけども。というか、これって、いかにもこじつけっぽいですけど。――ま、毎度のことなので別に良いですか。

「あとは、図書館塔に拘束されてる司書の存在が、良い味出してて気になるよなぁ。全てを見抜いていながら、束縛されてて動かない。なんだか、藤子・F・不二雄のSF短編『ノスタル爺』に出てくる爺さんみたいじゃない? あの話、好きなんだよオレ」

 まぁ、それはともかく。私が思うに、時間SF作品というのは、「いかに風呂敷を広げるか」よりも「いかに風呂敷を畳めるか」が評価のポイントなのではないかと思うのです。複雑怪奇に時的関係や人間関係を描いて読者を翻弄する作品も良いですけど、それらが綺麗に収束する種明かしの部分にこそ、その魅力があるのではないかと。そういう意味では、SFでありながらミステリ的*4。ですので、基本、時間SFって長編よりも短編向きな側面が特に強いと思うんです。なのに、本作は敢えてシリーズものでこれをやっていこうという。その点が怖くもあり、また楽しみな面でもあるワケなんですけど。


■性別転移作品としての「クロノ×セクス×コンプレックス

「ところで、本書を紹介するに当たって、一部では、TS(トランスセクシャル, trans sexual)モノだという説明をする人もいるけれど、何となくその説明には違和感を覚えるね。もしかして、オレの知らない所で既にこの手のジャンル呼称がそういう呼び名で定着しているのかもしれないけれど、少なくとも、オレたちの間に於いてだけは使い方に気をつけていきたいと思う。確か以前にも話し合ったことがあったと思うけど*5、女装少年と性同一性障害の男性とは明確に区別すべきだと思うし、それと同様に、今回みたくSF設定で肉体(精神)転移があった状態とも区別がなされるべきではないかと思うわけ」

 つまり、本書みたいな設定の作品の場合、主人公は自分の肉体を元に戻すことに主眼があるのであって、自分の内部で発生している性の不一致自体には関心はない、とそういうことですか。自身の肉体は別に存在している以上、現時点の自分の身体が異性であっても、そのことで自分自身が思い悩むことはない、と。

「ただ、TSモノだという説明も、広い意味ではあながち間違っていない、と思う。それに、そう説明した方が簡単で早いし、だいいち楽だ。ただ、オレたちは使わない方向で行こうな、というだけの話。で、標題のテーマになるけれど、本作に於いて性別転移って設定は、本当に必要だったのかね。さっき、ハインラインの『輪廻の蛇』の話をしたけど、あれは物語の内容上、性転換が発生することは必要不可欠だったわけだろ。けれども、本書では、それが読者の興味関心は引くものの、物語上必然性があることだとはあまり思えない」

 壁井ユカコさんの描写が巧みなので、一瞬だまされてしまいそうですけどね。まぁ、男性読者が多い電撃文庫としては、男子寮の話を展開されるより女子寮の話を書いてくれた方が、リーダビリティは発揮されるんでしょうけれど。

「オレはね、この作品における"主人公の女子化"は、作家・壁井ユカコが見出した技の中でもウルトラCに入るのではないか、と実は思ってる。どういう事か説明しよう。本書のみならず、ライトノベルに於いては現在、悲しいかな男性読者に対するサービスシーン(昔は、お色気シーンと呼んでたけど)は、読者を喜ばせるという意味に於いて欠くべからざる要素の一つになってしまっている。脱衣所行ったら女の子が着替えてましたとか、トイレのドアあけたら先に女の子が居ましたとか、そういうヤツ、つまり微エロ描写な。これ、本書でも出てくるんだけど、それがね、すごい自然なわけよ。ムリがない。そりゃそうだろう、だって女子寮なんだもん。目が覚めてたらルームメイトが着替え中で半裸でした、とか、そんなの余裕。当たり前。そりゃまあ、あざといトコロとかはあるけどね、それでも随分マシだわ」

 もっと言えば、壁井さん自身も女性だっていうトコロが、作用してるのかもしれませんけど。そういう強引なサービスシーン書くのに、抵抗や照れとかがあるんじゃないですか? そもそも、主人公が15歳男子だというのに三人称文体を用いている面にも、気になる部分はあったので。いや、もちろんこれは褒めてるんですよ。逆に言えば、15歳男子である所の三村くんが、同い年の女子ミムラになってしまって女子寮内で悶々とする。そのシーンの数々、ここの部分こそが読みどころだとする人も多いみたいですし。また実際、おもしろいんですよね、そういう部分の描写が。

 つい凝視してしまってからいかんいかんと視線を逸らした。サービスシーンにあずかったのは光栄だが朝っぱらから理性のたがをはずすわけにもいかない。ニコの下半身を視界に入れないようにしつつ、自分の身体もなるべく見ないようにしつつ着替えを済ませた。手が届くところに美味しいものが並べられているのに食べられないというか、今となっては自分自身が食べられる側という本当にもうなんの苦行だこれは。

P.80-81


「句読点なしで『本当にもうなんの苦行だこれは』とか、上手すぎる。さて、そんなわけで、1巻読んだ限りでは、今ひとつサービス(百合展開含む)としての意味以外に女子化の意味が分からなかったんだけど、この部分については今後の展開で充分変動できる面でもあるので、期待して待つことにしようか」
 

■「クロノ×セクス×コンプレックス」 今後の展開は?

 先ほども言いましたけど、時間SFテーマでありながらシリーズ化を展開するというその挑戦心というか心意気が、何より素晴らしいと思います。これで破綻なく最後まで走り切れれば良いんですけど、そうでなかった場合も考慮して、現時点としては期待と不安が半分ずつというところでしょうか。数多くの伏線も残されたままですし、是非綺麗に完結させて欲しいです。少なくとも、長編作品の序章としては、今のところ高得点な作品なんじゃないでしょうか。

「間違いなく重要キャラなのに、殆ど出番がなかった幼なじみの小町梅とか、かなり気になるしな。だって、この作品、冒頭は彼女の描写からスタートしてるんだぞ。意表を突かれるどころじゃなかった。それなのに、殆ど登場しないとか、ほんとナイわ〜。それはないわ」

 キャラクタ的にも、主人公のミムラは勿論、ライバルのオリンピアなんかも人物描写がしっかりなされててかなり好感が持てます。ストーリーも現時点では先読みが全然できないですし、もう今から次巻が楽しみで仕方がないです。

「最初はてっきり、桜庭一樹青年のための読書クラブ』所収の一篇「烏丸紅子恋愛事件」みたいな方向だけで押し切るのかと思っていただけに、かなり予想を裏切られて、面白かったしな。今回は極力ネタバレを避けたため時間SF的な面については、ここでは触れなかったけど、いきなりそこに突入したときとか結構ビックリしたし、グイグイ読まされて最後までページをめくる手が止まらなかったし。何となくだけれど、良作になりそうな予感がしてる。最後まで是非頑張って欲しい」

 普段だと、途中巻ではなかなか作品紹介をためらってしまうんですけど、今回ばかりは現時点で結構満足行く出来でしたので、迷わず採り上げることに致しました。とりあえず、当サイトでは全力で応援したいと思います。それでは、タカオさんから締めのひと言を。

「……ミムラ・S・オールドマンの“オールドマン”って、『大きな古時計』の"お祖父さん"から、採ってるのかなぁ」

 知らないってば、そんなこと。

*1:「フラグ?」って反応するな!(私的ファイル deltazulu 記録再開 2009年11月6日の日記)
と言われても、やはり反応してしまうのが人のサガですね。

*2:帯の煽り(初版時)では「女子化! 魔法学校! タイムリープ!」「壁井ユカコ、待望の新シリーズ!」「ミムラの高校生活はドキドキワクワクでいっぱいです。」となっている。

*3:元ネタは勿論、ロバート・A・ハインライン夏への扉』の一節。「そしてもちろん、僕はピートの肩をもつ。」

*4:そういえば、『ミステリクロノ』(著:久住四季)という電撃文庫作品もありましたね……

*5:第12回[序奏と助走]女装する男子は好きですか? 一迅社文庫の創刊に花を添える、とびっきりの美少女(?)学園コメディ「ふたかた」 参照