ラスト3ページの衝撃!! SF史上最大のどんでん返しが貴方を待ちうける。ついに復刊したサンリオSF伝説の一冊「ハローサマー、グッドバイ」


「この世には、2種類の古本が存在する。1つは、探して入手できた古本、そしてもう1つは、いくら探しても見つからない古本だッ!」

 当たり前のことなのに、さも今あらためて発見した新法則であるかのように、タカオさんが叫びました。

「もっとも、ここが難しい所なのだが、古本の稀少度は必ずしも内容の評価とは比例しないのが問題なんだよな。売れないから大量に裁断処分されたけど、あとで需要が出てくる本とかな。それだけに、サンリオSF文庫の蒐集は、いばらの道だよ」

 それじゃあ、復刊されるまで待てばいいんじゃないですか。ほら、ちょうど今は、サンリオの復刊ブームなんだし。「氷」「キングとジョーカー」「スタージョンは健在なり」*1も普通に書店で買えますよ。今後も、「エンパイア・スター」や「サンディエゴ・ライトフット・スー」とか、復刊予定があるじゃないですか。本当に、ニューウェーブ好きにとっては、良い時代になりました。

「全冊制覇しないで、古本マニアが自認できると思うなよ! 日本の名だたる古書猛者(こしょもさ?)たちは、こんなの当然揃えてるんだから。……まぁ、それはともかくとしても、少なくとも手に入りにくい名作本を探し出して読む楽しみ、ってのは古本者だけに与えられた特権だと思うわけなんだけど。割と普通の評価の本だとしても、入手に苦労したっていうだけで、若干評価に下駄を履かせるくらいのことはしたくなるのが人情ってもんだろう? ただ、そんな中でも、内容が高評価であったがゆえに入手難度が高いままだった本ってのも確かにあるわけで、その代表例の一つが今回復刊されたマイクル・コーニイの『ハローサマー、グッドバイ』なんだがな」

 まぁ、どっかの誰かさんは、この本をオークションで落札したとき、モニタの前で一人ガッツポーズを決めてたくらいですしね。

「ほっとけ。でも、いくら貴重な名作を読んだとしても、貴重であるがゆえに、他の読者となかなか楽しみを共有できないのが難点なわけだよ。とりわけ、今回の『ハローサマー、グッドバイ』なんか、何よりもオチが大事な作品なんだから、既読者同士でないと全く話ができない。weblogにも内容が書けない。佐久良タンとこうして話をすることくらいしか、できなかったわけなんだけど……」

 今回の復刊で、状況が変わった、というわけですね。やっぱり、良い時代になりました。ただ、不満があるとすれば、サンリオ版のカバー絵そのままで復刊してほしかったかな、と。あの絵は、サンリオの中でも屈指の美しさでしたしね……*2

「確かに、イラストが片山若子ってのは、ちょっと意外だったかな。夏の海なんだから青色って発想は通常だとは思うけど……。少し、あっさりし過ぎてるというか、物足りないかも」

 えーと、それじゃあ、いよいよ内容について触れていきましょうか。久しぶりに読んで、実際どうでしたか、この本は?

「ひと言で言うと、甘甘やね。オチのインパクトですっかりイメージ薄れていたけど、本当に完全無欠のラブストーリーでビックリした。淡い恋心、突然の再会、微妙な三角関係、身分違いの恋。そして引き裂かれる二人。初読の時は、これら全てが、ドラマティックなラストに向けての布石になっていた印象を持ったものだけれど、今回改めて読み直してみると、案外普通に青春していてそれだけで充分お腹一杯になりそうだった。正直危なかった」

 で、肝心のオチに関してなんですが。

「そういや昔、旧サイトでこの作品を取り上げてベタ褒めしたとき、閲覧者の人から『私にはこの話のラストの意味がよく判りませんでした……』てなメールを貰ったっけなぁ。でも、そんな悩むような内容かな、これ。流石に、このオチを読了前に看破するのは至難の業だけど、読了しても判らないほど難解でもないような気がするが」

 じゃあ一応、これ以降はオチの中身に触れるので既読の方のみ読んでもらうってことで、ひとつ。


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*1:創元SF文庫「時間のかかる彫刻」に改題

*2:参考:サンリオ版カバー

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女装する男子は好きですか? 一迅社文庫の創刊に花を添える、とびっきりの美少女(?)学園コメディ「ふたかた」


「で結局、男性読者が好きなのは、女性の身体のキャラなのか、それとも女性の姿をしたキャラなのか。一体どっちなんだろうね」

 遠くを見つめて何を悩んでるのかと思いきや、唐突にお馬鹿な思考をひねり出し、タカオさんが言いました。

「例えば、“女性らしさ”を感じさせるのに、必ずしも本当の女性を用いる必要がないってのは、一応理解できるんだよな。女形ってのもあるくらいだし。ましてや文章の上なら尚更か。きっと今回、イラスト担当は相当苦労したに違いないぞ。まぁ、結果として上手く描かれてたとは思うけど」

 あの……。あまりに展開が唐突過ぎて、ちょっと話の流れが見えないのですが。というか私は別に、性的な部分で倒錯した作品が好きなわけでもないですし、わかつきひかる作品も初読でしたので、今作に対しては特に感慨もなかったのですけど。いや、そもそも私にそんな風に同意を求められても困りますって。

「いやさぁ、仮にも今回創刊された一迅社文庫ってさ、一応男子向けのラノベレーベルなわけだろ。電撃文庫みたいに。でも、第一弾の刊行作品にわざわざ女装少年ネタの作品をもってくるってのが、とてもとても侠気(おとこぎ)溢れる選択だと思うんだよなぁ。それにさ、全7作のうち唯一この本だけなんだぞ。カバー絵に男が描かれてるのって。しかも服脱ぎかけ。流石、『百合姫』とか出してる会社は違うってことなのか。ジェンダーとか、そういうのに壁を感じてないということなのかね」

 私としては、女装と性同一性障害って別個のものだと思ってるんですけど、いまいちこの点については、属性上区別されてないようで、普段から何となく違和感を感じてるんですけどね。別段、この作品がどうってわけではないですけど。例えば、『ストップ!! ひばりくん!』のひばりくんとか『はぴねす!』の渡良瀬準とかは後者だけど、『ゆびさきミルクティー』とか川原泉の『月夜のドレス』*1は前者でしょう。『かしまし 〜ガール・ミーツ・ガール〜』のはずむくんは……後者のようでまた別枠っぽいし、ちょっと悩みますが……。まぁ、どうでもいい話ですけど。

「あぁ、他にも、伝説の小野敏洋『バーコードファイター』*2とか……」

 そ、その名前は出しちゃダメです! コロコロ読者のトラウマを刺激すると恐ろしいことになりますよ、タカオさん! まぁ、とにかく。ラノベにつきものの"お色気担当要員"として起用したであろう わかつきひかるに、わざわざ萌える男子キャラを書かせるんですからね。やっぱりどうかしてますね。「こんな可愛い子が 女の子のはずがない!!」とか、口絵に書いちゃってる時点で、編集側の本気度の高さは十分伺えるわけですけど……。それにしても、これ、一体何のネタでしたっけ?

「ん? 確かムック本『空想女装少年コレクション』*3についてた帯のコピーだろ。あぁ、そういえば、アノ本も一迅社発行だったな。きっと狙ってやってるんだろうな」

 一体、どこまで女装男子が好きなんですか、一迅社さんはッ!

「いや、これには俺も騙された。欺かれた。てっきり“エロ物”担当だと思ってたのに、実は“イロモノ”担当だったとわな。なかなかやるな、わかつきひかる。一字違いで大違いだ。そういや、女性と女装も同じく一字違いではあるけれどな」

 誰がそんなうまいこと言えと。まぁ、えっちな要素をつぎ込む作品よりは、まだネタに走ってる方が、私としては好みに合ってるわけなんですけど。『死神のキョウ』とかで、たびたび出てくるサービスシーンなんて、どうにもあざとすぎて私には読んでて正直つらかったし。『アネモイ』の全裸シーンとかもそうですけど。どうして昨今のラノベは、やたら女の子を脱がそうとするんでしょうね。

「そういやぁ、以前某ガチロリのエロマンガ雑誌がさぁ、表紙の煽り文でスゴく秀逸な言葉使ってて思い切り笑ったんだけどさ。いわく『ライトノベルより、ちょっとエッチかも(はぁと)』*4だからな。どんだけエロいんだよ、最近のライトノベル! 『LO』とガチンコ勝負なのかよ、と」

 あの……一応ですが、このweblog、下ネタ禁止にしてますので、その点に留意をお願いしますよ、タカオさん。で、それはそうと、今気づきましたが、今回私たち、作品の内容について全然話してないことないですか? 念のため、何か感想めいたこと、残しておきませんか?

「あぁ、じゃあ一言だけ。一迅社文庫は、誤字脱字の類が多すぎる。以後気をつけて欲しい」

 えーと。そういうことを聞きたかったんじゃないんですけど……。

「それと、あ、そうだ。一迅社文庫で注目すべきはやはり、『一迅社大賞』の募集告知ページだな。締め切り、2009年9月30日、っていくらなんでも期間長すぎだろ。あと、あらすじの説明文がまた秀逸ざます。俺、例文載っけて説明してる募集って、初めて見た」

 "B館殺人事件"ですね。アレ多分、本当に作品に仕上げて投稿しちゃう人がいるんじゃないかと、私、気が気でないんですけど。まぁ、即おとされるでしょうけど。でも、内容がミステリな所とかアナグラムとか書いてあるところとか、私、深読みしちゃって、思わず杉井さんのあとがきにまた縦読みとか潜んでるんじゃないかと疑ってしまいましたよ。……もちろん、全然関係なかったんですけど。

「まぁ、そりゃ、そうだろうなぁ……。あ、一応、感想めいたことを言っておくと、俺はこの小説(『ふたかた』)、実は性別反転ものとしての意識はせずに読んでたよ。どちらかというと、赤川次郎の『ふたり』みたいに、姉妹物の感じに読めたけどなぁ」

 そう呟くとタカオさんは再び手元の書籍に視線を落とし、読書を再開しました。う〜ん。それにしても、そもそも女性か男性かで悩むのって果たして健全なのでしょうか。所詮、2次元以下の話じゃないですか。そんなの、どっちでもいいじゃないの。どうせなら、せめて3次元の世界に立ち戻ってきてから、いろいろ悩んでもらいたいものです。いや、本当に。



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*1:「ゴワゴワの詰襟学生服なんて…毎日が葬式だぁ…時々俺は考える。ズボンはいた女は正常で、なにゆえスカート男は変態なんだろう?」というセリフが見事。

*2:幼馴染のオンナノコは、実は男の子でした、という驚異のマンガ。

*3:

*4:

神は細部に宿る。それならば、紙の上には何が宿る? 超特濃・高密度で展開する異常作「ふおんコネクト!」第2巻


「俺たちも、日常に“?”を持たない ゆとりチルドレンから脱却するべきだ!」*1

 普段は大事なことでも平気でスルーするくせに、どうでもいい事ばかり、やたらこだわる迷惑野郎なタカオさんが言いました。

「わからない部分をわからないままにしておくと、いつまでたっても人は成長しないじゃないか。わからない事ならばこそ、わかろうとする努力をしなければいけない。マンガのネタも、またしかり。ネタが細かい、とか、本編よりも小ネタが気になる、とか、そんな作品であればあるほど、相手にとって不足なしだ。つまりそれは、作者と読者のガチンコ勝負なのだから。ネタの理解やツッコミよりも、作中に潜むネタを探す処から始めないといけない作品など、そうそうないんだ。それなのに、読者がこれに応えないでどうする!」

 発売日を待ち望んでいた作品の紹介だけに、今回はいきなりテンション高いですね。でもまず、タカオさん自身が何の話をしているのか、それを明らかにしてから話を始めてもらわないと、普通の人には全然話が通じないですよ。ましてや、「ふおんコネクト!」なんてマンガ、存在自体を知らない人の方が圧倒的に多いのですから。

「じゃあ簡単に説明しておこう。物語は、破天荒問題児・境ふおんが、その級友・三日科交流やその姉妹らと織りなす、超日常学園&ご家庭コメディ。それ以上でも、以下でもない。そんな感じ。なお、三日科家の姉妹は、スパゲッティ・プログラム並にこんがらがってて(スパゲッティ血縁関係)、全員血が繋がってなかったりするから、ややこしいんだけどな。まぁ、その部分も、一度わかれば慣れてしまうわけだが」

 きらら系のマンガなので、一応ジャンルとしては「萌え4コマ」となるのでしょうか。それにしては、「萌え」としても、「4コマ」としても、その範疇に入れるには、少し斜め上というか、かけ離れている作品だとは思いますけど。というか、作者は完全に「萌え作品」としての路線を諦めてますよね。実に"良いこと"だと思います。

「基本的には、暴れまくるオタクな連中とそれにツッコむ普通の連中による学園・ホームドラマに属するんだろうが……。この作品の魅力は、とにかく一読してもらわないことには伝わらんな。コマの随所で展開される小ネタの数々こそが本作の真の読みどころだからな」

 それで、無謀にも今回、元ネタの判別に挑戦、というわけですか……。こういうのって、私達だけでやるもんじゃなくて、wikiとか、まとめサイトでヤルべきなんじゃないの? まあ、そんな奇特なサイトがあれば、の話なんですが。

「それがないからこそ、自分でやるんじゃないか。てなわけで、わかった部分だけ、以下紹介」

 これ、休日1日がかりでまとめました。本気で文量あるので、要注意。




ふおんコネクト! 2 (まんがタイムKRコミックス)

ふおんコネクト! 2 (まんがタイムKRコミックス)

*1:本書1巻P13右3コマ目のふおんのセリフ「日常に?を 持たない ゆとり チルドレン だねぇー」

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探求書との邂逅は、初恋の人との再会以上に感情を高揚させる。奇跡の復刊本「ライノクス殺人事件」


「とりあえず、買え。読まなくてもいいから、みんな買え。別に読む必要はないから、とりあえず買って積んでおけ」

 興奮冷めやらぬといった体で無茶苦茶なことを言いながら、タカオさんが叫びました。

「いいか、“ライノクス”だぞ。六興キャンドルミステリーズ*1だぞ。こんな本を今更復刊するなんて、編集部は狂気の沙汰だと思わんかね。俺がこの作品と巡り合うために今まで一体どれだけの時間を費やしてきたと思ってるんだ*2。海外ミステリ作品の新書本の中でも『超』が付く位の稀覯本。古書相場でも確実に1冊ウン万円する入手困難本。それが文庫で、こうして手に入るなんて、まったく良い世の中になったもんだ」

 えーと。喜ぶんなら素直に喜んでください。要は、「東京創元社、グッジョブ!」ってことで宜しいのでしょうか。

「あのなぁ。今のご時世、出版社も慈善事業で本出してくれてるわけじゃあないんだ。ある程度売り上げが見込めないことには、刊行予定にすら上がらないのは当然のことじゃないか。それなのに、こんな売れる見込みの薄い本を出すなんて、どうかしてるよ本当に。この広い世の中、わざわざ稀覯本を復刊させるなんて聖人君子な編集者などいやしないぞ。おそらく担当は、古本マニアかド阿呆か、それでなければ古本マニアかつド阿呆だ*3。この本の担当者は明らかに後者だな。間違いない」

 そんな事を言ってると、そのうち誰かに刺されますよ、あなた。それに、第一声でいきなり「読まなくていい」ってのは流石に失礼だと思いますが。私にはフィリップ・マクドナルドらしい、実に硬質な技巧派ミステリとして、充分佳作の域と思えました。それに私は、ラストまでオチが読めなくて、素で感心してしまいましたし。

「それは君が、まだまだ純朴なミステリ読者だからだろう。この程度のトリックだったら、名のあるミステリ猛者にすれば、事件発覚と同時にオチから犯人に至るまで全て看破してしまうぞ。時代性を考慮して初めて評価が高まるというのであれば、逆に言えば、今ではさほど珍しくもないトリックだという意味になってしまうしな。ただ、確かに作品が実に巧いというのは事実なんだけどな」

 それだったら尚更、「読まなくてもいい」ってのは、やっぱり不適切な表現なんじゃあ……。

「そこは、復刊本なんだから、とにかく売れなきゃ話にならないだろう。今後復刊してほしい本なんて、山ほどあるんだから、ここでこれ以降の企画がコケてもらうとこっちが困る。だから、まずはみんなに買ってもらわないとな。皆が読むか否かは別の話だ」

 まぁ、往年の名作海外本格ミステリって時点で、一般の読者にはどうしても敷居が高くなってしまうと思うのですが。それにしても、「結末」から始まり「発端」で終わる実験作、ってな世評だったから一体何なのかと思いきや、早い話が広い意味での倒叙ミステリってだけなのには正直肩透かしでしたけれども。

「ある日、とある保険会社に送り主不明の大金が郵送されてくる。それが物語の結末。さぁ、そこに至る経緯はどんなものだったのか、というのが本書の内容なわけだが。けれどもそれまでの経緯は意外と淡々と書かれていて、正直、殺人事件発生までのこのあっさり風味な部分が個人的には一番面白かったように思う。F.Xの好漢さとかマーシュ氏の鼻持ならない様子とか、書き出されてるエピソードも実に巧い。こういう細かいストーリーの積み重ねが巧みに作用して、最後の「発端」につながって行くんだと思うと、やはり「技巧派」と評される作家は違うなと思うね」

 いや、なかなかラスト付近でも一切手抜きはありませんでしたよ。ライノクス社をなんとか持ち直そうとするアンソニーの孤軍奮闘ぶりとか、ミステリ云々を抜きにしても、それなりに魅力的であったように感じましたし。全体的に文量も少なめなので、翻訳小説とか敬遠している人とかにも割とお勧めできる一冊ではないでしょうか。

「いやはや、今回は、予めこちらが期待したほどのトンデモ本では全然ない、というかむしろかなりの良書だったせいで、ツッコミどころもなく割と大人しい紹介にとどまってしまったな」

 普通、ブックレビューサイトって、そういうもんだと思うのですが……。敢えてネタにしようと考えるあなたがおかしいのですよ。
 そんな風に、珍しく穏便に終わった一日でありました。まったく、世は全て事もなし、ですね。

 

ライノクス殺人事件 (創元推理文庫)

ライノクス殺人事件 (創元推理文庫)

*1:六興出版 1957年〜1958年刊行。わずか全13冊でありながら、バラでコンプリートするのは至難の業。全冊セットなど売りに出ても高嶺の花でとても手が出ない。「ライノクス殺人事件」はその中でも最高に入手困難として知られる1冊。

*2:しかも、タカオさんは現在まだ未入手である。

*3:元ネタは、森見登美彦夜は短し歩けよ乙女』。「よろしいですか。女たるもの、のべつまくなし鉄拳をふるってはいけません。けれどもこの広い世の中、聖人君子などはほんの一握り、残るは腐れ外道かド阿呆か、それでなければ腐れ外道でありかつド阿呆です。ですから、ふるいたくない鉄拳を敢えてふるわねばならぬ時もある。そんなときは私の教えたおともだちパンチをお使いなさい。固く握った拳には愛がないけれども、おともだちパンチには愛がある。愛に満ちたおともだちパンチを駆使して優雅に世を渡ってこそ、美しく調和のある人生が開けるのです」

あなたが待ち望んだ、秋山瑞人はここにいます。古橋秀之とのコラボ企画第一弾「龍盤七朝 DRAGONBUSTER 01」


「久しぶりの再開は、やはり久しぶりの新刊でこそヤルべきだ!」

 大きく右手を振り上げて、タカオさんは力強く言いました。

「とにかく、新作の出来なんかどうでもいいんだよ。生存確認ができること。それが何より最優先ではないのかね」

 なんだか、そういう表現をされますと、まるで更新してないweblogについて、自己弁護しているような気がして仕方がないのですが……*1。ともかく、作品を読むこと、記録をつけること、名作を周りに薦めること、それぐらいは続けてしかるべきではないですかね。評価して、紹介する。それぐらいでしか作者には恩返しできないんですから。いち消費者である、われわれと致しましては。

「それにしても、今回は、本屋で現物見てビックリしたなぁ。こんなにも作者名が巨大フォントで書かれた帯*2電撃文庫で初めて見たわ」

 それだけ、読者が秋山作品を待望しているってことですよ。作品名より作者名が大きく踊るってのは、どことなく少女マンガ雑誌的で、珍しいとは思いますけど、宣伝手段としての「帯」の利用法としてはあながち間違いではないでしょう。実際、タイトル名の弱さとか、中華ファンタジーって題材とか、さまざまな面で作品を紹介する上での困難さが、先に立つ気がしますから。そもそも、私たちも、秋山瑞人作品だからこそ、こうして買って読んだわけですし。

ライトノベル読者と少女マンガ読者に共通点があるかというと、どうにも微妙な気がするけどな。確かに、一般読者は[作品]に、マニアな読者は[作者]に、それぞれファンがつくって傾向はあるとは思うけど。ただ、対象年齢、というか編集側が想定している読者の年齢層ってのが、どれもあまり変わらない気がするんだよなぁ。ラノベの場合は。昔は[ちゃお]だったけど、大きくなったら[花とゆめ]で、今は大人なので[MELODY]とか[コーラス]読んでます、みたいなノリがないだろう。ラノベ読者って、昔読んでた文庫レーベルを今でもずっと読み続けてるんじゃないのかね。『せっかくだから、俺はこの赤のスニーカー文庫を選ぶぜ!』*3みたいな感じで一回選んだレーベルを、そのまま律儀に追い続ける、そんな印象がどうにも拭えないし」

 それゆえになかなか、「大人だけど、ライトノベル読んでます」っていうのは、ある意味「男だけど、少女マンガ読んでます」っていうのと同じ位に気恥ずかしさがあったのかもしれませんけどね。もっとも、最近は情勢が変わってるかもしれませんけど。本書にしても、文章はしっかりしてる上に娯楽作品としてもかなりの高水準なんだけど、いかんせんレーベルが電撃文庫って時点で敬遠する人も居るんじゃないかなぁと思いますし。

「この本は凄いよ。序章を読むだけで、秋山の筆力がまた一段階レベルアップしていることがよく分かる。そりゃ、こんな密度の濃い文章書いてたら、一冊出すのにおそろしいくらいの時間がかかるのは当然だわ」

 あまり、中高生向きに書かれてるとは思えませんね。イラストについても[イリヤ]と同じで、カバー・口絵・扉絵以外の「挿絵」が一切見られないですし。ある意味、「硬派」なつくりなんですけど。

「でも、中身はそうでもないぞ。やっぱり、ボーイ・ミーツ・ガール……じゃなかった、ガール・ミーツ・ボーイか。そんな感じになってるし。それだけに、序章の凄まじさが際立ってると言えなくもないけど」

 ラスト部分で月華の絵を描く涼狐の場面がありますけど、あれなんか典型的な秋山節の描写ですよね。わたし、思わず[イリヤ]に出てきた散髪のシーンを思い出しましたよ。秋山瑞人が書くこの手のシーンは、両者の視線が交錯しないことが多いんですよね。ご丁寧なことに今回は予めP.97に「他人の目をまっすぐに見るな」なんてセリフまで在るくらいでしたが。

「伏線、とまでは言えないけどな。でも今巻は伏線だけならかなりの数、用意されてるんで、本当に次の巻で完結するのか、俺には甚だ疑問なんだけど」

 私は、完結するなら、それだけでもう、充分満足できますけどね。

「いや、それ以前に、どうして秋山瑞人は新シリーズ始めてるんだよッ! 『E.G.』*4の完結編はッ! 『ミナミノミナミノ』の続編はッ! 『おれはミサイル』*5は、いつ早川文庫で刊行されるのッ!」

 ないものねだりされても、きっと作者は困ると思うんですけど……。まぁ、長い目で見てあげましょうよ。私たちが死ぬまでには、きっと出てると思いますよ……たぶん。

「他人事じゃないぞ。そもそもこのweblogも、次回更新があるかどうか怪しいくらいだからな」

 ――こうして、生存確認のやりとりは終わり、また沈黙が訪れたのでした。


龍盤七朝 DRAGONBUSTER〈01〉 (電撃文庫)

龍盤七朝 DRAGONBUSTER〈01〉 (電撃文庫)

*1:約4ヶ月ぶりの更新なので、言い訳めいて聞こえるわけです。

*2:参考: やっぱり作者名が大きすぎる。

*3:元ネタは、セガサターンにおける伝説のクソゲー「デス・クリムゾン」の主人公・コンバット越前のセリフ「せっかくだから、俺はこの赤の扉を選ぶぜ!」 ここで赤色がスニーカー文庫となっているのは、ハルヒのせいか、それともガンダムのためなのか。

*4:電撃文庫E.G.コンバット』のこと。秋山瑞人デビュー作。なお、上記の「デス・クリムゾン」ネタは、この作品とコンバット越前をかけているようなのですが、今回わたしは敢えてスルーしている。

*5:SFマガジン」2002年2月号,4月号掲載。第34回星雲賞(日本短編)受賞作。

読み逃している名作、ありませんか? 貴方に読ませたい、2007年マンガ作品紹介 その5。


「前の話の続きなんだけどさ」
 かしこまるわけでもなく、かといって横柄な態度をとるわけでもない、珍しく曖昧な様子でタカオさんは言いました。
「やっぱり、好きな作品を誰かに紹介するのが、いちばん難しいと思うんだよね。『スゴイ、上手い、面白い!』って声高に叫ぶだけなら簡単だし、また実際、それがその本人にとって最も素直な“感想”だったりするわけなんだが、それじゃ相手には全く伝わらないしな。“何が”面白いのか、“ドコに”注目すべきなのか、そして自分は“どのように”読んだか、最低限それぐらいは説明しておく必要があるんじゃないのかね」
 急に真面目に語りだしたので何かと思えば、結局そんな事ですか。別にそれぐらい、意識せずともいいじゃないですか。ただ思ったことを口にする“感想”と、作品を“評価”することとは、次元が違う事なんですから。
「ところがだ、今、『いちばん難しいのは、好きな作品を紹介することだ』と言ったわけだが、逆に言えば、『嫌いな作品を紹介するのは、実に簡単』とも言えそうじゃないか。ましてや、嫌いなものを語るときの方が人は感情が高ぶるからな。坊主憎けりゃ袈裟まで憎いっていう面もあるし、挙句の果てには重箱の隅をつついてみたりもするわけだよ。で、簡単だったり楽だったりするもんだから、つい批判をしたい誘惑に陥るわけだ。しかし、それでも批判するときは最大限注意しないとイケナイわけだが」
 いや、そのりくつはおかしい*1 逆や裏は真ではないですよ。ちゃんと対偶にならないと。いや、それはともかく、タカオさんが作品批判についてコメントすると妙に空々しく聞こえて実にイイですね。ある意味、自分が散々やってきたことだから、その気持ちが分かるという面もあるんでしょうけど。あ、でも、私は別に感想サイトが作品を批判しても全然構わないと思いますが。政治経済から企業のお客様センターに至るまで、批判されてこそ改善の余地ってものが生まれるわけですし。ただ、悪いところを指摘する際には、せめて愛と優しさを持って改善案……いや、代替案ぐらいは用意してあげた方が良いとは思いますけど。
「いや、別に批判についてはどうでも良いんだって。問題は、褒めるときの方なんだから。どうすれば、自分のお気に入り作品をみんなに読んでもらえるか。それが最大の問題なんじゃないか? 読みました、おもしろかったです。みたいなこと、今まで誰からも言われたことないしな」
 返事を要求するのは見苦しいのでよしましょう。きっと、この世のどこかで、そんな奇特な人もいてくれると思いますよ、私は。まぁ、オフ会とかでお会いする人からも言われることはないですけど、それは相手の方がこちらより読書量が圧倒的に多いからですしね。
「じゃ、この話は終了。続いて今回の更新は、昨年のベスト級マンガ作品を紹介して終了しようか。ちなみに、俺が昨年読んだ最高の作品は、ジョージ秋山銭ゲバ』なんだが――」
 それ復刊本でしょう、却下ですよ、却下。それに、その作品はもともと名作との評価を確立してる作品なんですから、出来が良くて当たり前じゃないですか。それを言えば、私の昨年のベストは、荒木飛呂彦スティール・ボール・ラン』11巻なんですけどね……。これはもう、みんな“読んでるのが当たり前”ですから、今更紹介できないと思ってますし。
「じゃ、残ったのはアレしかないわけだ」
 そうですね。アレです。というわけで、両者一致の見解により、2007年の「最も紹介したいマンガ本 No.1」は、この本です!!



棺担ぎのクロ。~懐中旅話~ (2) (まんがタイムKRコミックス)

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 きゆづきさとこ棺担ぎのクロ。懐中旅話』2巻。これは絶対外せません。間違いなく傑作ですよ。なぜなら、このマンガには全てがあるからです。優しさや温かさ、悲しさや怖ろしさ、希望と絶望、過去と未来。物語が持ちうる可能性と構成要素、その全てが。ストーリーは単純で、主人公のクロが連れの蝙蝠センや2人の幼女とともに、自分に呪いをかけた“黒い魔女”を探して旅を続ける、というただそれだけの話なんですが、これがまた、雰囲気が出ていて非常に見事なんですよね。ストーリーマンガでありながら形式自体は4コマなので、必然、制約も多いだろうとは推測されるのですが、4コマとしてもリズムを崩してもおらず、しかも、ストーリーとしてこれ以上なくまとまっているという離れ業を見せてくれています。暗い話が好きな人はもちろん、そうでない人にも一読をお勧めしますよ。
「9歳の少女モーとの出会いと別れを描いた過去話は、最高のエピソードだな。『だから あんたが あたしの棺に なって*2』『あんたの中に あたしをいれて 死ぬまで あたしのこと 忘れないで*3』 この辺りの会話なんか、読むたびに感動以上の何かが身を襲ってくる。鳥肌が立つとか、そんなチャチなレベルじゃなく、正真正銘の悪寒がこのとき背筋に走ったのを憶えてるよ。最初読んだ時は、てっきりこのあとクロが、モーを殺したんだと思ったからな。それ以前に出ていた『看取られる』って言葉を素直にとればこの解釈は成り立たないんだけれどさ。でも、直接描かれてない以上、可能性としてはゼロではないだろ。何が巧いって、やっぱりこのときの語り口が巧いんだろうな。読者への情報の出し方とか程度とか、その配分が絶妙だと思う。それから、この前話の『旅立ちの話』で旅に出たてのクロが、表情豊かで快活な子供のように描かれてるところがまた見事で、どうしたってその話と比較しながら読んでしまうから困るんだ。ああ、昔はこんな子だったんだ、って思わず遠い目になってしまうからさ」
 あのモーの話が怖い理由は、原因を作った“黒い魔女”の意図がサッパリ見えないところにあるんじゃないですか。理由のない悪意というのはそれ自体が何より恐怖の対象ですが、それ以上に、そんなものが存在しているという事実が、とにかく不気味でおそろしいです。そこを、作者のきゆづきさとこは本能的に理解していたんだと思いますよ。“ワケのわからないもの”に村ひとつが滅ぼされるんですからね。これは怖いですよね。
「なぜか怖い、というのなら、『夜の散歩の話』もかなり秀逸だけどな。

この、P.75左4コマ目の絵とか、怖くないか? 月明かりに照らされる知らない街の夜の風景が、子供の目線と相まって、とてつもなく巨大に見えるんだよ。この絵は、描きたいと思ってもなかなか描けないと思うよ。例えばさ、キューブリックの映画『シャイニング』で、子供が三輪車でホテル内を疾走するシーンがあって、そのときカメラを三輪車につけて撮った映像が流れるんだけど、そのときのホテルの壁が無性に怖くなるのと同じだと思う。よくわからないもの、を人間は本能的におそれるから。あの夜の話とか、読んでたらもう、まるでスタージョンの世界だしな。『影よ、影よ、影の国』とかに限りなく近い*4。ニジュクは幼児の上にフリークスだし、こんなの好きそうじゃん、スタージョン。もし今、彼が生きててこのマンガ読んだとしたら、たぶん大絶賛したんじゃないかとか俺なら想像するんだけどな」
 一巻はどうも、表紙が地味だった上に内容もほのぼの系ファンタジーにとどまる段階だったから、あまり話題にはならなかったですが、もう2巻の段階からは圧倒的に深みが増してきましたね、ストーリーが。内容的にはいまだに判らないことだらけで先が気になる反面、各話単体も独立した形としてきちんと面白いので、毎回連載が楽しみで仕方がないです。もっとも、最近は完全に隔月連載と化してて、進行の遅れが気になるところではありますけども。でも、質が落ちない方が嬉しいのでむしろそちらを私としては歓迎するのですが。
きゆづきさとこは、以前は『さよなら、いもうと』『快傑!トリック・スターズ』とか、ライトノベルの挿絵を描いてたりもしてたけど、最近はマンガに絞ってきてるのかね。他ではあまり見ないな。描いてた雑誌『ファンタジアバトルロイヤル』も休刊したんだっけか? 『GA』が当初連載されてた『COMICぎゅっと!』も3号で廃刊になったりしてるし、どことなく不遇な人という印象が拭えない。個人的に俺の心の中では、思い切り大きな字で“もっと評価されるべき”ってタグをつけてあるんだが、もうちょっと世間一般で受け容れられてもいいように思うよ」
 ちょうど今月末には『GA 芸術科アートデザインクラス』2巻が発売されますし、またそのときにでも改めて紹介すればいいでしょう。あれは私、発売前の現時点ですでに名作指定してるんですけど……。
「ま、蒼木うめ『ひだまりスケッチ』と同様で、アニメ化されてからヒットする、ってパターンかもしれないしね。気長に待つよ、俺はね」
 てなわけで、これにて一段落。これ以降は、紹介しきれなかった作品をリストアップです。



ZOOKEEPER(4) (イブニングKC)

ZOOKEEPER(4) (イブニングKC)

山へ行く (flowers comicsシリーズここではない・どこか 1)

山へ行く (flowers comicsシリーズここではない・どこか 1)

日常 2 (角川コミックス・エース 181-2)

日常 2 (角川コミックス・エース 181-2)

黒博物館 スプリンガルド (モーニング KC)

黒博物館 スプリンガルド (モーニング KC)



「手抜きで申し訳ないが、時間がないので、とりあえず作品だけでも紹介。荒木の『SBR』は当然みんな読んでるだろうから敢えて何も言わない。11巻は確実にマンガ史に残るであろう一冊だったな。『ZOOKEEPER』は、マンガ好きには評判良いけど一般にはあまり知られていない隠れた名作。動物園マンガという新たなジャンルに挑戦した意欲作だ。巻を増すごとに魅力が増していくので、とりあえず買っとけ。萩尾望都は、なんだかSF異色短編集みたいになっててかなり素敵な一冊。今更紹介せずともマストバイ。かつて私が絶賛していたWEBマンガ『ヘルベチカスタンダード』を描いてた人は、いつの間にやらこんな立派な単行本を出していました、というわけで、あらゐけいいち『日常』は、シュール&コミカルなギャグが受け入れられる人向け。素人にはお薦めできない。『黒博物館スプリンガルド』は富士鷹作品の中でも屈指の出来と思える一冊。さすがは『からくりサーカス』描いてただけあって、この手のギミックを使った話は得意だね。世界観とかも抜群に良い。最後に『銭ゲバ』、ラスト1コマに痺れない奴はいないんじゃなかろうか。超名作。読める内に読め、買える内に買え。そんな感じで」
 それでは、竜頭蛇尾な印象が拭えないままこのエントリは終了します。冒頭でウダウダ述べてた割には、結局“感想”止まりな終わり方をするところが、タカオさんのボケっぷりだし、ツッコミどころ満載な点なんですよ。というわけで次回からはまた、通常更新の予定。それでは、また。

*1:藤子不二雄 著「ドラえもん」の名台詞。

*2:

*3:

*4:

読み逃している名作、ありませんか? 貴方に読ませたい、2007年マンガ作品紹介 その4。


「だれかに『好きな本は何』って訊かれるのって、怖いよな」

 ひとりごととも質問ともとれるような微妙な言葉を呟くと、タカオさんは溜め息をつきながらこちらを向きました。

「ついとっさに、相手との距離を測って、その読書傾向・読書レベルを推測しながら、なおかつ一般的にウケてる作品を脳内でリストアップし、それらに合致しそうな物を選ばないと、相手には全く伝わらないしな。向こうだって、全然知らない世界の話をされても困るわけじゃん。あくまで会話、話題の一つにすぎないわけだし。全く知らない著者の、全然知らない作品を突然全力で紹介されたら普通ビックリするだろ。色々気を使うわけだよ、こちらも」

 相手に合わせて自分のレベルを調節する、となると、私にはその回答は随分傲慢なものに思えますけど。それ以前に、タカオさんの場合、相手がどうのというより、自分の側に問題が内在してるんじゃないでしょうか。基本、自己愛が強い反面、打たれ弱い性格してるんですから。自分が本当に好きな作品を紹介して、相手に否定されるのが厭なんでしょう? だから、本気で自分の大好きな作品を紹介するのをためらってるんじゃないですか。

「わざわざ性格分析までしてくれて、どうもありがと。でもな、わざわざ答えを考えるのが、面倒くさいってのも事実なんだよな。というのも、先日こんなことがあったわけだ。同僚にさ、『お前給料、いつも何に使ってるの?』って訊かれたんだよ。ほら、オレ酒も煙草もやらないし、賭け事も一切しないし、趣味も読書程度のインドア派だって言っちゃってたしさ。で、つい正直に答えちゃったわけだ。『本を買うので精一杯ですよ、先月はマンガだけでウン万円使いましたし*1』って。そしたら当然、何でそんなに買うものがあるんだ、何を読んでるんだ、ってなるじゃん。もちろん、答えなかったけどな」

 そういうときは、「最近、面白いものないですか」って逆に訊けばいいんですよ。たぶん、相手は深く考えずに普通に答えてくれると思いますよ。

「訊いたよ。『バガボンド』って言われた……」

 ああ――それはちょっとツライですね。ほらほら、溜息ばかりついていないで、仕方がないからweblog上だけでもタカオさんのお薦めを挙げてくださいな。ここなら遠慮はいらないですから。

「いや、実はweb上でも、もう少し遠慮した方がいいんじゃないかと思い始めてる。やっぱさ、閲覧者の側から見れば、全く知らない本がズラリと並んでいるところよりも、少しは知っている本も紹介されているサイトの方が安心感があるんじゃないか。少なくとも、俺はそうなんだけどな」

 まぁ、そこはおいおい考えていきましょうか。少なくとも、今回の紹介企画ぐらいは初志貫徹でお願いしますよ。

「それじゃあ、企画再開といこうか」


 

乙女ケーキ (IDコミックス 百合姫コミックス)

乙女ケーキ (IDコミックス 百合姫コミックス)



 前回に名前が出たので今回も紹介するのは気が引けたんですけど、良作なんだから仕方ないですよね。タカハシマコ『乙女ケーキ』です。どういう経緯でなのかわかりませんが、ナゼか帯の推薦文を桜庭一樹が書いてます。少女が持つ一過性の華やかさと不安定さ、それゆえの美しさと残酷さを徹底して追求する作風が、桜庭一樹の一連の少女小説群と親和性のあるものだと捉えられたんでしょうか。見事な人選です。そういった帯部分も含め、マンガというより一冊の本として手元に置いておきたくなる、とても綺麗な一冊ですよね。とは言っても、内容の方は、綺麗とばかりも言いきれないのが難点なのですが。雑誌『百合姉妹』『コミック百合姫』に掲載された作品を収録した短編集ってことで、頭からお終いまで、どこをとっても百合百合な関係の話ばかりですけど、逆に女性同士ということで過剰な描写が抑えられているので、タカハシマコ作品としては比較的おとなしい作品集になったように思います。ちなみに、私のお気に入りの回は「タイガーリリー」です。

「『タイガーリリー』の回がスゴイのは、余命幾ばくもないお婆ちゃん2人を、セーラー服の女子高生姿で描いているところなんだよな。普通はそんな発想出てこない。時間が経てば、姿は変わるし記憶も薄れる。誰だって、いつまでも少女のままではいられない。けれども、あの2人はそこで時を止めたかのように少女の姿で描かれてる。この話、俺が今まで読んだ百合話の中で最高齢の百合"少女"の話なんだけれど、それをこういう形で表現するっていう手法を思いついたことがとんでもない。しかもこの回に登場するゆりさん、驚くほどに美しく描かれていて、作者の気合の入り方が違ってるのが肌で感じられる。内容も完璧。これは並のマンガ家では太刀打ちできんわな」

 敢えて作者が描いていない部分も、想像すればちゃんと分かる仕組みになっているのも偉いですよね。主人公のトラさんは、女学生のころ教師の寺尾先生が好きだった。でも、「一時的な感情です。お嫁に行けばすぐに忘れてしまうでしょう」と拒否される。寺尾先生と結婚したのはゆりさんだった。と、ここまでは描いてありますけど、そこから先は割愛されてる。たぶん、ゆりさんが先生と結婚したのは、トラさんが好きだった人だからで、先生のこと自体はどうでもよかったんでしょうね。ゆりさんはトラさんが好きなんだから。一方、トラさんの方は、先生の言葉通り、先生のことを忘れるために、他の人の所にお嫁に行った、とそういう話なんでしょう。描くべき部分と描かなくてもいい部分の配分をしっかり把握して描き切ってるタカハシマコは素晴らしいです。本当に、短編を書かせたら見事な人ですね。

「描かれてない部分が重要な話、といえば、『彼女の隣』もそうなんだけどな。これ、一度読んだだけでは話の内容が判らなかったし。かつて桜の下で見かけた男女。男の方はその後出会った今の彼氏、女の方はその元カノ。主人公は彼氏の携帯電話でメールを使って、女を呼び出し――となると、普通、嫉妬と痴話喧嘩の話だと思うじゃん。違うんだなぁ。"百合"っていうキーワードを思い出して、ようやく全てが氷解したんだよ。あれはビックリしたね。テーマ一つでこうも読後感が変わるものかと心底驚嘆させられた」

 男と女の間には深くて暗い河がある、と言ったのは、野坂昭如だったと思いますが*2(黒の舟歌)、タカハシマコが描く女同士の間には一体何が横たわってるんでしょうね。少し気になりますね。



土星マンション 2 (IKKI COMIX)

土星マンション 2 (IKKI COMIX)



「じゃあ、次。岩岡ヒサエのSFマインドあふれる作品『土星マンション』だな。個人的には、1巻の方の出来が相当良かったのでかなり期待してたんだが、蓋を開けてみるとまずまずの出来って感じで、ちょっと残念だった面もある。ま、起承転結で言えば1巻が"起"で2巻が"承"の部分に当たるから、これくらいで充分過ぎる出来だと思うよ。この作品、タイトルには『土星』ってついてるけど、別に土星の話じゃなくて、舞台は地球。ただ地球の高度3万5千メートル部分に地球を一周するリング状のコロニーが出来ていて、その輪が住居になってるから『土星マンション』ってタイトルをつけたんだろうと想像できる。主人公の少年ミツは、その建造物(リングシステム)の窓を拭く職に就く。それは、かつて自分の父親が続けていた仕事であり、そしてそれゆえに命を落とした危険な仕事だった――とまぁ、設定自体が大変イカシてるじゃないか。デブリ回収を描いた『プラネテス』第1話とタメを張るくらい、見事な1話目だったしな」

 今後この物語をどう展開させるのか少し気にはなっていますが、普通にちょっといい話が続くってんなら魅力はいま一つですね。人の住めない保護地域と化した地球上と、そこに落ちて行った父親と、話のパーツは徐々に見えてきているので、今後お話がダイナミックに動くよう私としては期待していますよ。

「上層階と下層階の間で、J.G.バラードの『ハイ-ライズ』ばりの確執が起こるとか、そういうのでもいいと思うんだけど。でも、作者は人間関係をやさしく描くのが好きそうだし、実際それが抜群に巧いから、そうはならないんだろうけどね。まぁ、この作品についても、今のところは様子見ってことで、ひとつ」



マイガール 1 (BUNCH COMICS)

マイガール 1 (BUNCH COMICS)

バス走る。 (BUNCH COMICS)

バス走る。 (BUNCH COMICS)



 じゃあ、私の番ってことで次はこれで。佐原ミズマイガール」です。これはもう、ストーリーとかそんなのどうでもいいんですよ。とにかく、利発でわがまま一つ言わないママ大好きっ子な5歳児のコハルちゃんが可愛くて仕方がありません。一緒に暮らすようになって一番最初の要求が「髪の毛 三つ編みにしてください」*3ですからね、これはビックリしますよね。これくらい可愛い娘が突然できたら、そりゃなんでもしてあげたくなりません? 制服のリボンも結ぶし、三つ編みもしてあげるってもんです。主人公の父親を「正宗くん」って呼ぶところとか、好きです。いい親子じゃないですか、この二人。

「うーん、物語としては短編集の『バス走る。』の方が俺は好きだけどな。それも、バスの方のシリーズじゃなくて、白泉社『メロディ』掲載のオムニバス短編『ナナイロセカイ』の方が良い。大体、佐原ミズは、さっき紹介した岩岡ヒサエと似てて、いろいろ優しすぎるんだと思うんだ。あまり、人間の悪意を描くことに慣れてないというか、単純にそれを嫌って避けているというか。綺麗なものだけ追いかけてるような人で、もちろんそれは全然構わない事だし、むしろその方面だけで活躍すればいいのにと思ってたくらいなんだが。けど、『マイガール』はそのことを自覚したのか、突然、23歳未婚男性と5歳の実の娘という、社会的にあまり受け容れられない家庭の姿を描いているだろ。これって2人が周囲からどう見られるのか、っていうのが主眼になる話なわけだし、どうにも実験的な作品といった印象を受けてしまう。しかもその実験作って域を実際に出ていないのが、難点だと思うんだけど」

 なので一応、ストーリーに関してはまだまだこれから長い目で見ていきましょうってことで、単純に応援したいわけですよ、私としては。

「あと、佐原ミズに関しては、後悔してることがあってさ。昔、梅田の とらのあな で開店1周年記念があってねぇ、早い者勝ちのサイン本販売をやってたんだよな。そのとき、佐原ミズの『ほしのこえ』も売ってて、しかも原作者の新海誠とのWサイン本だったんだけど、数量制限のせいで結局買えなかったのよ。アレは、今でも、大分悔やんでるだけどねぇ。逃した魚は大きいというか……」

 結局、タカオさんも好きなんじゃないですか、佐原ミズ。まったく、男のツンデレはモテナイから即刻やめた方がいいですよ。本当に。



ブラッドハーレーの馬車 (Fx COMICS)

ブラッドハーレーの馬車 (Fx COMICS)



「それじゃ、今回紹介する最後の一冊を、ひとつ。沙村広明『ブラッドハーレーの馬車』 これは衝撃的な作品だったなぁ。“戦慄! 衝撃! 圧倒!”っていう帯の惹句が、これほど生ぬるく感じる作品もそうそうないよ。痛々しいというか、無残というか、ただ一言"残酷"って言葉で済ますにはあまりに酷い、むごい描写と内容の物語。でも、間違いなく傑作なんだよね。だから、その点でとにかく、読了直後自分の中ではうまく咀嚼しきれなくてさ、名作として紹介するにはあまりに内容が過激すぎるし、かといって苛烈な内容に反発して未紹介で終わるにはあまりに惜しすぎるしで――わかるだろ?」

 いや、これは私にはなんとも言えませんよ。どちらかというと紹介しない方が良かったんじゃないですか……。私、最初1日に1話ずつくらいしか読めませんでしたし。折られた5本の指、床に転がった眼球、千切られた乳首の跡。3話目以降もあんな描写が続いていたら、私は絶対耐えられなかったですよ。

「物語は単純なんだよな。各孤児院からただ1人、毎年選んで養女とするブラッドハーレー公爵家。孤児院に迎えに来る馬車は、少女たちにとって夢への階段の一つに見えた。しかし、馬車が向かうその先は、地獄にも等しい阿鼻叫喚の真っ只中。刑務所の一室、終身刑に服す囚人たちが詰め込まれた薄汚い部屋の中。少女たちはそこで、逃れられない悪夢を見る――。って話。後半に行けば、物語は次第にブラッドハーレー家の存在そのものやその思惑、少女たちを取り巻く周辺の者たちへと視点がシフトしてくるので、そこでようやくこっちは落ち着けるんだけど、それまでが何よりキツイな。もっとも、最後は毎回馬車に乗って去ってく女の子たちの場面で終わるようになりはするものの、残酷描写はただ省略されているだけにすぎないし、この後この娘もあぁなるんだろうなぁとか想像しちゃうと、また最悪の読後感が再び身を襲う羽目に陥るんだが」

 よくまぁ、こんな話を素面で考えるものですよ。沙村広明は。「無限の住人」とかのファンでこの本を読んでみようとか思ってしまった人は、少しでもいいので、躊躇してみることをお勧めしますね。この作品、途中で投げ出してしまったら、それが一番悲惨なので。読み始めたならとにかく最後まで読み切らないといけません。最後まで読めば、「傑作だった」と実感できますけど、そうでなければただの悲惨な話にすぎませんので。というか、やっぱりこの作品は紹介するべきじゃないと思うんですよ。なので、読んで万一肌に合わなかったとしても、苦情はやめてください。頼みます。とまぁ、そんな感じで今回は終了しましょうか。マンガ紹介は、次回で本当に完結の予定。もっと紹介しろって言う声があれば伸ばしてもいいですが……。まぁ、その辺も含めて、なりゆき任せで。このエントリも、最後までお付き合いいただければ幸いです。

*1:勿論、書店で販売している新刊本だけでコレ。冬コミ未参加につき同人マンガは入っていない。小説や古本購入分を入れると、金額が6ケタに及ぶこともあったりするとか

*2:ちなみに、「男と女の間には 海よりも広くて深い川があるってことさ」と言ったのは、「エヴァンゲリオン」の加持リョウジ

*3: