読み逃している名作、ありませんか? 貴方に読ませたい、2007年マンガ作品紹介 その5。


「前の話の続きなんだけどさ」
 かしこまるわけでもなく、かといって横柄な態度をとるわけでもない、珍しく曖昧な様子でタカオさんは言いました。
「やっぱり、好きな作品を誰かに紹介するのが、いちばん難しいと思うんだよね。『スゴイ、上手い、面白い!』って声高に叫ぶだけなら簡単だし、また実際、それがその本人にとって最も素直な“感想”だったりするわけなんだが、それじゃ相手には全く伝わらないしな。“何が”面白いのか、“ドコに”注目すべきなのか、そして自分は“どのように”読んだか、最低限それぐらいは説明しておく必要があるんじゃないのかね」
 急に真面目に語りだしたので何かと思えば、結局そんな事ですか。別にそれぐらい、意識せずともいいじゃないですか。ただ思ったことを口にする“感想”と、作品を“評価”することとは、次元が違う事なんですから。
「ところがだ、今、『いちばん難しいのは、好きな作品を紹介することだ』と言ったわけだが、逆に言えば、『嫌いな作品を紹介するのは、実に簡単』とも言えそうじゃないか。ましてや、嫌いなものを語るときの方が人は感情が高ぶるからな。坊主憎けりゃ袈裟まで憎いっていう面もあるし、挙句の果てには重箱の隅をつついてみたりもするわけだよ。で、簡単だったり楽だったりするもんだから、つい批判をしたい誘惑に陥るわけだ。しかし、それでも批判するときは最大限注意しないとイケナイわけだが」
 いや、そのりくつはおかしい*1 逆や裏は真ではないですよ。ちゃんと対偶にならないと。いや、それはともかく、タカオさんが作品批判についてコメントすると妙に空々しく聞こえて実にイイですね。ある意味、自分が散々やってきたことだから、その気持ちが分かるという面もあるんでしょうけど。あ、でも、私は別に感想サイトが作品を批判しても全然構わないと思いますが。政治経済から企業のお客様センターに至るまで、批判されてこそ改善の余地ってものが生まれるわけですし。ただ、悪いところを指摘する際には、せめて愛と優しさを持って改善案……いや、代替案ぐらいは用意してあげた方が良いとは思いますけど。
「いや、別に批判についてはどうでも良いんだって。問題は、褒めるときの方なんだから。どうすれば、自分のお気に入り作品をみんなに読んでもらえるか。それが最大の問題なんじゃないか? 読みました、おもしろかったです。みたいなこと、今まで誰からも言われたことないしな」
 返事を要求するのは見苦しいのでよしましょう。きっと、この世のどこかで、そんな奇特な人もいてくれると思いますよ、私は。まぁ、オフ会とかでお会いする人からも言われることはないですけど、それは相手の方がこちらより読書量が圧倒的に多いからですしね。
「じゃ、この話は終了。続いて今回の更新は、昨年のベスト級マンガ作品を紹介して終了しようか。ちなみに、俺が昨年読んだ最高の作品は、ジョージ秋山銭ゲバ』なんだが――」
 それ復刊本でしょう、却下ですよ、却下。それに、その作品はもともと名作との評価を確立してる作品なんですから、出来が良くて当たり前じゃないですか。それを言えば、私の昨年のベストは、荒木飛呂彦スティール・ボール・ラン』11巻なんですけどね……。これはもう、みんな“読んでるのが当たり前”ですから、今更紹介できないと思ってますし。
「じゃ、残ったのはアレしかないわけだ」
 そうですね。アレです。というわけで、両者一致の見解により、2007年の「最も紹介したいマンガ本 No.1」は、この本です!!



棺担ぎのクロ。~懐中旅話~ (2) (まんがタイムKRコミックス)

棺担ぎのクロ。~懐中旅話~ (2) (まんがタイムKRコミックス)



 きゆづきさとこ棺担ぎのクロ。懐中旅話』2巻。これは絶対外せません。間違いなく傑作ですよ。なぜなら、このマンガには全てがあるからです。優しさや温かさ、悲しさや怖ろしさ、希望と絶望、過去と未来。物語が持ちうる可能性と構成要素、その全てが。ストーリーは単純で、主人公のクロが連れの蝙蝠センや2人の幼女とともに、自分に呪いをかけた“黒い魔女”を探して旅を続ける、というただそれだけの話なんですが、これがまた、雰囲気が出ていて非常に見事なんですよね。ストーリーマンガでありながら形式自体は4コマなので、必然、制約も多いだろうとは推測されるのですが、4コマとしてもリズムを崩してもおらず、しかも、ストーリーとしてこれ以上なくまとまっているという離れ業を見せてくれています。暗い話が好きな人はもちろん、そうでない人にも一読をお勧めしますよ。
「9歳の少女モーとの出会いと別れを描いた過去話は、最高のエピソードだな。『だから あんたが あたしの棺に なって*2』『あんたの中に あたしをいれて 死ぬまで あたしのこと 忘れないで*3』 この辺りの会話なんか、読むたびに感動以上の何かが身を襲ってくる。鳥肌が立つとか、そんなチャチなレベルじゃなく、正真正銘の悪寒がこのとき背筋に走ったのを憶えてるよ。最初読んだ時は、てっきりこのあとクロが、モーを殺したんだと思ったからな。それ以前に出ていた『看取られる』って言葉を素直にとればこの解釈は成り立たないんだけれどさ。でも、直接描かれてない以上、可能性としてはゼロではないだろ。何が巧いって、やっぱりこのときの語り口が巧いんだろうな。読者への情報の出し方とか程度とか、その配分が絶妙だと思う。それから、この前話の『旅立ちの話』で旅に出たてのクロが、表情豊かで快活な子供のように描かれてるところがまた見事で、どうしたってその話と比較しながら読んでしまうから困るんだ。ああ、昔はこんな子だったんだ、って思わず遠い目になってしまうからさ」
 あのモーの話が怖い理由は、原因を作った“黒い魔女”の意図がサッパリ見えないところにあるんじゃないですか。理由のない悪意というのはそれ自体が何より恐怖の対象ですが、それ以上に、そんなものが存在しているという事実が、とにかく不気味でおそろしいです。そこを、作者のきゆづきさとこは本能的に理解していたんだと思いますよ。“ワケのわからないもの”に村ひとつが滅ぼされるんですからね。これは怖いですよね。
「なぜか怖い、というのなら、『夜の散歩の話』もかなり秀逸だけどな。

この、P.75左4コマ目の絵とか、怖くないか? 月明かりに照らされる知らない街の夜の風景が、子供の目線と相まって、とてつもなく巨大に見えるんだよ。この絵は、描きたいと思ってもなかなか描けないと思うよ。例えばさ、キューブリックの映画『シャイニング』で、子供が三輪車でホテル内を疾走するシーンがあって、そのときカメラを三輪車につけて撮った映像が流れるんだけど、そのときのホテルの壁が無性に怖くなるのと同じだと思う。よくわからないもの、を人間は本能的におそれるから。あの夜の話とか、読んでたらもう、まるでスタージョンの世界だしな。『影よ、影よ、影の国』とかに限りなく近い*4。ニジュクは幼児の上にフリークスだし、こんなの好きそうじゃん、スタージョン。もし今、彼が生きててこのマンガ読んだとしたら、たぶん大絶賛したんじゃないかとか俺なら想像するんだけどな」
 一巻はどうも、表紙が地味だった上に内容もほのぼの系ファンタジーにとどまる段階だったから、あまり話題にはならなかったですが、もう2巻の段階からは圧倒的に深みが増してきましたね、ストーリーが。内容的にはいまだに判らないことだらけで先が気になる反面、各話単体も独立した形としてきちんと面白いので、毎回連載が楽しみで仕方がないです。もっとも、最近は完全に隔月連載と化してて、進行の遅れが気になるところではありますけども。でも、質が落ちない方が嬉しいのでむしろそちらを私としては歓迎するのですが。
きゆづきさとこは、以前は『さよなら、いもうと』『快傑!トリック・スターズ』とか、ライトノベルの挿絵を描いてたりもしてたけど、最近はマンガに絞ってきてるのかね。他ではあまり見ないな。描いてた雑誌『ファンタジアバトルロイヤル』も休刊したんだっけか? 『GA』が当初連載されてた『COMICぎゅっと!』も3号で廃刊になったりしてるし、どことなく不遇な人という印象が拭えない。個人的に俺の心の中では、思い切り大きな字で“もっと評価されるべき”ってタグをつけてあるんだが、もうちょっと世間一般で受け容れられてもいいように思うよ」
 ちょうど今月末には『GA 芸術科アートデザインクラス』2巻が発売されますし、またそのときにでも改めて紹介すればいいでしょう。あれは私、発売前の現時点ですでに名作指定してるんですけど……。
「ま、蒼木うめ『ひだまりスケッチ』と同様で、アニメ化されてからヒットする、ってパターンかもしれないしね。気長に待つよ、俺はね」
 てなわけで、これにて一段落。これ以降は、紹介しきれなかった作品をリストアップです。



ZOOKEEPER(4) (イブニングKC)

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山へ行く (flowers comicsシリーズここではない・どこか 1)

山へ行く (flowers comicsシリーズここではない・どこか 1)

日常 2 (角川コミックス・エース 181-2)

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黒博物館 スプリンガルド (モーニング KC)

黒博物館 スプリンガルド (モーニング KC)



「手抜きで申し訳ないが、時間がないので、とりあえず作品だけでも紹介。荒木の『SBR』は当然みんな読んでるだろうから敢えて何も言わない。11巻は確実にマンガ史に残るであろう一冊だったな。『ZOOKEEPER』は、マンガ好きには評判良いけど一般にはあまり知られていない隠れた名作。動物園マンガという新たなジャンルに挑戦した意欲作だ。巻を増すごとに魅力が増していくので、とりあえず買っとけ。萩尾望都は、なんだかSF異色短編集みたいになっててかなり素敵な一冊。今更紹介せずともマストバイ。かつて私が絶賛していたWEBマンガ『ヘルベチカスタンダード』を描いてた人は、いつの間にやらこんな立派な単行本を出していました、というわけで、あらゐけいいち『日常』は、シュール&コミカルなギャグが受け入れられる人向け。素人にはお薦めできない。『黒博物館スプリンガルド』は富士鷹作品の中でも屈指の出来と思える一冊。さすがは『からくりサーカス』描いてただけあって、この手のギミックを使った話は得意だね。世界観とかも抜群に良い。最後に『銭ゲバ』、ラスト1コマに痺れない奴はいないんじゃなかろうか。超名作。読める内に読め、買える内に買え。そんな感じで」
 それでは、竜頭蛇尾な印象が拭えないままこのエントリは終了します。冒頭でウダウダ述べてた割には、結局“感想”止まりな終わり方をするところが、タカオさんのボケっぷりだし、ツッコミどころ満載な点なんですよ。というわけで次回からはまた、通常更新の予定。それでは、また。

*1:藤子不二雄 著「ドラえもん」の名台詞。

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