これぞ電撃文庫の新兵器。新人作家 南井大介による衝撃のデビュー作「ピクシー・ワークス」


「突然だけど、クイズです。――日本に、『妖精』というものは存在するでしょうか?」

 前触れ無く問題を出題すると、タカオさんは、答えを求めてるのか求めてないのか判然としない微妙な顔をしました。

「微妙な顔、とかあまり言われたくないな。そんな事より、答えはどうした。妖精は『いる』のか『いない』のか、どっちだ?」

 そんなこと、私に訊かれても困ります。少なくとも、現時点では確認がとれてないだけで、実際には存在しているかもしれないじゃないですか。また、たとえ存在しないのだとしても、「存在しないこと」を証明することは非常に困難なことだとわかるでしょう。いわゆる「悪魔の証明*1」って奴ですね。だから、断言は私にはできませんよ。敢えて答えるなら、回答は「わからない」としておきます。

「視力検査じゃないんだぞ。『わかりません』で終わるなって。それに、オレは今、『クイズ』だと言ったんだ。『質問』じゃない。つまり解答があるんだ。それを考えろ、ってんだよ」

 それでもちょっと困りますね。やっぱり、自信を持って断言できない以上、回答については保留とさせてもらいます。どうもすみません。

「はぁ……。それだから佐久良タンは、ダメなんだ。正解はな、『いない』だよ。日本に妖精なんか、いるわけないだろう。少し考えればそれくらい判るだろ」

 いや、それくらいって、言われても……。その理由を説明しないことには、ちょっと納得できないですよ?

「なぜならな、『妖精』という言葉は、“西洋の”精霊を指すからだ。元々、日本にいる存在じゃないんだよ。日本にいるそれは、さしずめ『妖怪』だろうな」

 うーん。なんか、いいように誤魔化されてるような気がしますが……。結局は、言葉の定義の問題、ってことでいいのでしょうか? 一応、タカオさんが言わんとすることはわかりますよ。「妖精」とは、西洋における想像上の存在。だから、日本には存在しない、と。納得はできませんけど*2。ちなみに、「妖精なんて信じないと言うたび、妖精がひとり死んじゃう」って話があります。だからタカオさんも発言には気をつけないと。

「あ、それそれ! 『ピーター・パンとウェンディ』*3だよな! ちょうど、その話をしようと思ってたんだ。佐久良タンはさ、“妖精”って聞くと、どんなのを想像する?」

 え? それはやっぱり、羽の生えた小さい女の子の姿をした……。そうですね、まさに『ピーター・パン』に出てくるティンカー・ベルみたいな感じですね。

「うん。やっぱそういう人が多いな。ちなみに、佐久良タンが言ったのは、一番メジャーな妖精。いわゆる“フェアリイ(fairy)”だ。妖精ってのは種類を表す用語だから、それ以外にも当然妖精は存在する。例えば、エルフ、ドワーフ、ゴブリン、ノーム、レプラコーン、ブラウニー、……」

 妖精、というより小人さん、って感じのタイプですね。そういえば昔、光原伸の「アウターゾーン」で、そういうの読んだような気がします。物を隠すいたずら好きの妖精の話でしたが……。

「こちらが妖精の姿に気付くと襲いかかってくるんだよな。『アウターゾーン』の中の『妖精を見た』と『黒帽子』という二部作で出てくる。それ以外には、もっとメジャーな妖精の童話として『小人と靴屋』の話があるだろ。寝てる間に小人が靴を完成させてくれる話な」

 そういう妖精が、いわゆるピクシーと呼ばれるものですね。……というわけで、ようやく話がスタート地点にきました。今回の課題本は電撃の新人作家の作品「ピクシー・ワークス」です。天才女子高生たちが寄り集まって、とある精密機械を修理し、それを飛ばしてしまう物語。これ、電撃文庫としては結構な異色作だと思うのですが、どうでしょうか。

「まぁ、その点については後述するとして、とりあえず作品のタイトルに関する話を終わらせてしまおう。本作は言うまでもなく神林長平の『戦闘妖精・雪風』の影響を承けてるわけだ。<雪風>と言えば、イコール、機体偏愛小説。略して、ヘンタイ小説。それを下敷きにしているんだから、少しくらい変な小説になっても仕方ないんじゃないか」

 あ、謝れ! 神林先生に謝れ! あと、ファンに土下座しなさい! そんな略し方は聞いたこともありません!

「冗談だってば。要は、妖精繋がりだってことが言いたいだけだ。ただ、『ピクシー・ワークス』がなぜ敢えて題名に“ピクシー”を選んだのか、については考えないとダメだろう。フェアリイでもなく、シルフでもない。ピクシーじゃないといけない理由。美少女4人がチームを組むなら、『フェアリイ・ワークス』でもいいわけで、このピクシーについては注目を要する」

 私は、「いたずら好き」という観点から選んだんだと思いましたけど。ピクシーは、いたずら好きな妖精じゃないですか。まぁ、「ピクシー・ワークス」の場合はいたずらの規模が問題で、国家に対するいたずら、すなわちテロ行為なわけですが。

「それもあるけど、オレが思うに、多分『兵器制作』って面もあると思う。小人の中には高い技術を持った職人がいて、武器を創ったりする者もいるからさ。まぁ、ここまでは考え過ぎかもしれんけどな」

 結局のところ、作者に聞かないと判らない面はありますね。断言できない以上、私たちは推論するしかないわけですが。で、それはさておき、それでは肝心の本編について話していきましょうか。


ピクシー・ワークス (電撃文庫)ピクシー・ワークス (電撃文庫)
南井大介

アスキーメディアワークス 2009-09-10
売り上げランキング : 7078
おすすめ平均

Amazonで詳しく見る

ISBN:9784048680134




■「ピクシー・ワークス」の特異点について

「タイトルについての話が終わったので、次は内容に付いてみていこう。はっきり言うが、この小説は今ひとつ読後感が悪い。いや、正確に言うと、悪いと言うよりはシコリが残るタイプ。で、読み終えた後、色々考えたんだけど、いまいちスッキリしない原因は、この作品に2つの要素があったからだとオレは思った。すなわち、1つ目の要素は、ストレンジラブ。そして2つ目は、『右翼と左翼』という問題」

 ちょっと物騒な話になってきましたね。ストレンジラブについては、本編にも登場してましたけど……

学校で名の知られた美少女が兵器の効率的に人間を殺す仕組みや戦争の経済効果を淡々と説明する様子に、男子一同はドン引きした。そのため一時期、『ストレンジラブ神楽木』の異名を与えられたのである。

(P.62)


 健全な高校生男子が、『博士の異常な愛情*4とかに精通しているとは思えませんが。というか、このギャグ自体、メイン読者層の中高生を完全に無視してますね。そういえば「ハートマン軍曹の歌」とかも作中にネタで使われていましたし、作者はキューブリックのファンなんでしょうかね。

「『総統! 歩けます!』*5なんて台詞が判るようになれば、SFマニアとして一人前なんだがな。とにかく、『博士の異常な愛情』というのがこの作品の1つ目のキーワード。これは判りやすいだろう。知的好奇心を充足するためには、行為自体の是非を問わない姿勢。立派なお題目があるわけではなく、明確にテロ行為だと認識していながら迷い無く決断し実行する少女たち。これは一般には受け容れられにくいと思う。いわゆる、マッド・サイエンティストってヤツか? 科学的探求心が倫理観を越えてしまってるわけだな。マンハッタン計画とか想像するといいと思うが」

 たとえば、原子爆弾の製造に関わった天才フォン・ノイマンなんかは、科学的探求心が過ぎたため、放射能被爆によって癌になり、晩年は「3+4」とかの1桁の計算もできなくなったっていう逸話がありますが、それに近いものを感じますね。いつかは「ピクシー・ワークス」の少女たちも、痛いしっぺ返しを食らうような気がします。まぁ、その手始めが物語後半のドッグ・ファイトな展開でもあるわけですけども。

「一般人的な目線で読むと、どうしても彼女たちがテロ行為に荷担する動機や必然性に首を傾げたくなってくる。しかし、それこそが作者の狙いなのかもしれない。我々凡人の理解を超えた所に天才という存在があるのだとしたら、我々の思考と彼女らとのベクトルが異なることは、至極当然だろう。そして、そういう描写を意図的に徹底した作者の南井大介は、大した人物なのかもしれないけれどな」

 ところが、それがまた問題なんですよ。彼女らが天才過ぎるせいで、実際、戦闘機の修復作業中、彼女らは殆ど障壁にぶつからないんですよね。無人で飛ばすのを諦めたとき以外は。読み手としては、当初はこの作品を「プロジェクトX」みたいなノリで読んでいたので、障害を乗り越えない、あっさり目的を達成してしまう前半部分はかなり肩すかしになってしまいました。つまり、この段階ではまだ、カタルシスが存在しないんです。

「あまり前半に時間を掛けると、後半のメインディッシュの前にお腹一杯になっちゃう、って配慮じゃないの? まぁ、あの時点で、この小説は空戦メインの話なんだな、と既に予想ができてしまったんだが」


■「ピクシー・ワークス」は左翼小説なのか?

 そして、タカオさんが言う、2つ目の要素について。これ、あまり議論を深めない方が良いような気もするんですが、作品の根底に深く関係する部分だけに触れないわけにはいかないですよね。

「要は、この物語自体が、戦闘機だの何だのと軍備に関する話をメインに持ってきてる割に、全然“右寄り”な視点では書かれていない事が謎なのだよ。むしろ現時点では“左寄り”だとも感じられる。この点が、各主要キャラの行動を規定する動機付けの部分で読者の共感を得にくくしているし、実際、話がややこしくなっている原因でもあるのだと思う」

 それじゃ、具体的に見ていきましょうか。世界観については、まず環太平洋戦争と名付けられた戦争から15年後という世界のお話。反米を掲げたユニオンという連合国と、米国同盟組とが争い、どうやら後者が勝ったようです。そして直接的には触れられてませんが、どうもこの戦争以後、日本は右傾化が強まってきている模様。しかし、これに対して抵抗を示す人々も勿論いるわけで、その代表が「環太平洋戦争症相互扶助協会」。この団体、どこまでの実力と影響力があるのかは不明なのですが、ちょっとした圧力団体としての力ぐらいはあるようです。これが、作品の“左”代表。ここまでは普通に判ります。あと、少女たちの依頼者になる長隅家。金満家ではなく篤志家だと書かれてますけど、察するに老人自身は中道左派という感じの思想の持ち主なんでしょうね。だから死の直前に、国家への復讐を企てようとした。戦争に関する恨みも手伝い、テロ行為を画策する。そして、その請負人として、政治的に無関心な4人の少女が登場したわけです。

「当初、物語上は、長隅家の老人が個人的感傷からテロに走ったように書かれているけど、ページを追うごとにそれを後押しした存在が徐々に明らかになっていく。そして多分、その黒幕が、相互扶助協会の七夜月常任理事。直接描写はないけどね。この人物については、福祉活動に熱心だと説明されているが、同時に、実は多国籍企業にして軍産複合体コングロマリット)である天城グループの遠戚に当たるともある。これがややこしい原因だ。天城は、少女たちが通う学校『笹島名桜高校』の母体であり、教育にも力を入れている団体。しかし、同時に、軍に戦闘機を提供してもいる。作中では、防衛省との癒着からヴァルティを創ったのも天城だし、そのヴァルティを追尾した2機の大鴉も天城製だった。皮肉な話だな。で、これらの構造を頭に入れて物語を読むんだが……、現時点では情報量が少なすぎて、まだまだ謎が残りすぎるんだよな」

 一体なぜ、相互扶助協会が、テロ行為を後押しする必要があるんです? 自衛隊機が帝都上空を飛行する戦闘機を撃ち落とさなければ、通常、世論は右傾化するでしょう。その結果、軍備が増強されれば、協会にとってみればマイナスなのではないですか? 協会にとってプラスになるとすれば、それは飛行する戦闘機が撃ち落とされ、被害者が出た場合になりますよ。その場合には、当然、自衛隊に対する不満が高まるわけですし。これでは、4人の少女がやろうとしていたことと、全く逆の展開になってしまいます。

「だから、現時点では謎だと言ったんだ。果たして協会は、少女が犠牲になることを期待していたのか。蓮はどこまで真実を知り得ているのか。協会理事の七夜月と天城グループとの関係は? まぁ、今の段階では、ここまでしか物語を整理することはできなさそうだな」

 どちらにせよ、わかりにくい作品であることは事実だと思います。続編、出れば良いんですけどね。このまま終わってしまったら、ただの「戦闘妖精が空を飛んだ」だけの話になってしまいますので……。まぁ、それだけでも充分、面白かったのは事実なのですが。もう一息、作者には、是非頑張っていただきたいものです。ハイ。

*1:民法における所有権帰属の立証困難性を説明する際、一般的に用いられる比喩表現。「不在の証明」を意味する比喩。

*2:勿論、タカオさんの発言は詭弁であり、誤謬を含んでいます。たとえば、西洋に妖精が実在するとして、その妖精が日本を訪問したとすれば、それはやはり「日本に妖精がいる」という表現になるのではないでしょうか。

*3:前述の台詞は、第13章「妖精を信じますか?」に登場する有名なもの。どうも、ディズニーアニメでは、この台詞のシーンはカットされてるという話ですが、アニメ版は私もタカオさんもどちらも観てないので、正確にはわかりません。

*4:スタンリー・キューブリック監督作品。正確には、「博士の異常な愛情 または私は如何にして心配するのを止めて水爆を愛するようになったか」原題"Dr. Strangelove or: How I Learned to Stop Worrying and Love the Bomb" Dr. Strangelove とは、ピーター・セラーズ扮する主役のストレンジラブ博士のこと。

*5:映画「博士の異常な愛情」においてストレンジラブ博士がラスト直前に叫ぶ台詞。それまで車椅子に乗っていた博士が突然立ち上がり、こう叫ぶ場面は、本作最大の見所でもある。――もちろん、ギャグ的な意味で。