「GA 芸術科アートデザインクラス」第3巻、その3。あるいは、マンガと称する書物の読み方について。


「今夜は、音をたてずにマンガ家を殺す八つの方法を教授する!*1

 いつも常軌を逸した言動を繰り返すタカオさんが、今日に限って、とびきり物騒な宣言をしました。

「いや、別に物騒とかそういう話をしたいんじゃないんだ。日本でも昔から言うだろう。"○○殺すにゃ刃物はいらぬ" とかさ。早い話がそういうこと。わかんないかなぁ」

 『噺家 殺すにゃ刃物はいらぬ あくびの一つもあればよい』とか、そういう意味ですか。それは流石にどうかと……。といいますか、それがやりたいんだったら、「つまらない」とひと言で感想書けばいいって事でしょう? ま、実際書くかどうかはその人の自由ですが、でもまぁ、そんな風に書くときは、どうしたって、「自分がどういう読み方をしたのか」って事を明らかにする必要性や責任が出てくるんですけどね。もちろん、ただ作品批判をして、作者を苦しめようってつもりなら別なんでしょうけど……。

「そうそう。つまりは、作品の読み手であるオレたちは、適切な作品批評ができるよう、きちんとした読み方をしていこうぜって話なわけ。で、今回の内容についてなんだが、小説で文章を吟味するが如く、マンガでもコマ単位で内容をじっくり見ていこう、そして、どう読んだかについて詳細に話していこう、っていう趣旨なわけだ。一回、こういう事をやってみたかったんだけど、なかなか機会が無くてなぁ。今回、たまたま、オレも佐久良タンもどちらもお気に入りのマンガ家が新刊出したんだから、これを契機に一度やってしまおうと思い立ったワケなんだよ。理解してもらえると嬉しい。というか、黙って理解しろ」

 ハイハイ。前置きは良いので、話を始めていきましょうか。というわけで、今回の素材本は、お馴染み「GA」第3巻。採り上げるのは、P.89〜P.96までの「テキスタイル・ファッション」の授業で、GA1年の面々がデザイン画を教師に提出するお話です。単行本をお持ちの方は、参照しながら以下を読んでくださいね。

GA-芸術科アートデザインクラス 3 (まんがタイムKRコミックス)GA-芸術科アートデザインクラス 3 (まんがタイムKRコミックス)
きゆづきさとこ

芳文社 2009-08-27
おすすめ平均

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ISBN:9784832278356


「じゃあ、本編に入る前に、まずは基本事項をおさらいしておこう。『GA』はきゆづきさとこ芳文社の月刊誌『まんがタイムきららキャラット』で連載している4コマ漫画。同誌では、各作品は基本的に毎月8ページの連載になってる。1ページに4コマが2本掲載されるが、1ページ目は扉になるので、1本分がイラストあるいは大ゴマになり、そのため通常1話分は全15本の4コマで構成される。この辺りのことについては、実際には読者側はあまり意識して読んでないと思うけど、大事なことなので一応理解だけはしておかないとね」

 内容については、今更ですけど、念のため。私立「彩井高校*2」の「芸術科アートデザインクラス」に通う1年生5人組を中心とした、学園日常ほのぼのコメディ。キャラクタの特性や配置などは、読んでるウチにわかりますので説明いたしません。本編を読めばいいと思います。我ながらひどい説明だと思いますが、まぁ、そんなところで。それじゃ、とりあえず、話を進めていきましょうか。


●懇願

「1本目。この話は、全体の話のイントロにもなってるので、その点を意識して読み始めような。1コマ目は、風で回転する風見犬の描写。なぜ"風見鶏"ではないのかについては、第1巻第1話で説明済みなので省略。ちなみに、アニメ版では犬ではなく『埴輪』になってる模様。理由はよく判らない。こんな風に、情景描写から開始する、という手法は一般的には定番であるのだけれど、『GA』では実は珍しい。なお、台詞が2つあるが、これは両方ともナミコの台詞、ではないかな」


 続いて、2コマ目。画面がパンして、教室内の様子に変わりました。ノダちゃんとナミコさんが筆や筆洗を洗ってます。筆洗を洗う、ってややこしい日本語ですね。

「ノダミキは『二年前に 流行ってた らしいよー?』って言ってるけど、現時点では、それに関するエピソードは登場してない、と思う。後々、その話が描かれるかもしれないので、伏線として覚えておこうな。ちなみに、ノダミキには普通科に通う3年生の姉がいる*3ので、情報源はそこからかもしれない。対して、ナミコにもGAを卒業した姉がいるんだな。以前あーさんが語った、美術部の"野崎先輩"がそうだろう……と予測はできるものの、これについては関連は不明のまま。もしかしたら、この風見犬の件に関して、過去の話としてこちらも後で登場するかもしれない。そう考えれば、このコマひとつが凄い可能性を秘めた1コマに読めてくるという不思議」

 3コマ目。如月ちゃん登場。風見犬に何か祈ってます。4コマ目で、それが物騒な願い事だと判明して、1本目は終了。それにしても、きゆづきさんは本当に丁寧に背景まで描き込みますよねぇ。各コマの空や雲の形とか、これをもしデジタルではなくトーンで貼ってとしたら大変な作業ですよ、ホントに。

「あと、何気に、ふきだし内の文字フォントとかもな。サイズはもちろん、書体も細かく変わってるし。こりゃ、写植の方も結構大変だろうな」


●体感震度6

「ページが変わって、2本目。スケッチブックを持ったキサラギが机に伏してガタガタ震えてる。『GA』では、2本目でよく1本目の話を承ける展開になりやすい。つまり、起承転結の承ね。ちなみに、タイトルの『震度6強』は上から2番目に強い震度みたいだな。これは、オチで生きてくる。で、次のコマに続く」



 みんな大好き「アンダルシアの犬」の話が出てますね。このときの様子は、実は「GA材置き場」第38回で描かれてます。如月ちゃんは、このときも、やっぱりガタガタ震えてました。



「要するに、"眼球をカミソリで斬られる"シーンを観たときと同じような恐怖を感じてるってわけだな*4。で、ナミコがその原因を察した所で次のコマへ。『テキスタイル』担当の先生が入ってくる」



 越廼先生登場。挨拶もなしに一発目からいきなりこの台詞ですよ。これは怖いですね。

「先生が入ってくる方向にも注目な。一般的な校舎の場合、廊下の位置は、教壇を正面として通常右側なんだよ。でも、越廼先生は左側から登場してるだろ? これはたぶん、作者が意図的にそう描いてるんだ。というのも、読者は、右向きに進んでくるキャラクタに対して心理的な圧迫を感じやすいからな。説明すると、日本の"マンガ"は、日本語の文法に従って創られてるから、文章と同じくマンガもまた『上から下へ』『右から左へ』読者の目線が動くんだ。そこで、右向きに移動する絵に対しては、無意識に抵抗を感じるようになるわけ。マンガの描き方の基本だがな。その上、更に付け加えるなら、1・2コマ目で左向きになってるキサラギの位置とちょうど対照をなすって意味もあるんだけどな」

 4コマ目。越廼先生の指示に如月ちゃんの震えが増してます。前にお祈りしていたとおり、「天変地異」が起こったわけですね。ただし、自分限定で。


●ずばっと判決

「3本目。新キャラ紹介の巻。実質的には、2本目の続きだな。今回の話は、こうして1ページ単位で話が展開しているので、読者にとっては大変読みやすく、ありがたい。タイトルの元ネタは『怪傑ズバット』の『ズバッと参上、ズバッと解決! 人呼んでさすらいのヒーロー! 快傑ズバット!』からかな。きゆづきさとこにしては、随分と古いネタから引っ張ってきてるなぁ」

 


 2コマ目。初見では絶対気付かないんですけど、このコマが凄いんですよね。私、今回の話のオチを読んで、実際感動しましたもん。話をする際、目線の高さを合わせるってのは、確かに大事なことなんですよ。そして、逆に、生徒からの視点では、それこそが何よりも負担になるってのも事実。この極端に低い位置の椅子が「処刑台」に思えるって話なんか、良くできてると思いますよ。あまりに良く出来過ぎていて、これが更に真実を隠した伏線だとは思わなかったくらいです。

「興奮するのは良いけど、オチはまだバラさないようにな」

 3コマ目では、如月ちゃんのデザイン、4コマ目では友兼のデザインに対して、先生の批評の言葉が飛び交います。3コマ目の先生の言葉なんかは実にいいですよね。デザインが“ダメ”なのではなく“地味”だと怒るトコとかね。また、それが本質を突いてるだけに、より一層心をえぐるんですけどね。

「デザイン一つ見られただけで、オタク、と烙印を押されそうになるトモカネの方は、ちょっと可哀想だけどな」


●飴to教鞭

 1コマ目。ナミコさんの素晴らしさが光る台詞が登場。「先生」と相性が悪いのではなく「授業」と相性が悪いのだと即座に見抜くところは、さすがみんなのお母さんですね。そして、2コマ目。越廼先生の不思議な授業風景について。小手先の技術ではなく、興味・関心を持たせて感性を磨かせる授業って事なんでしょうか。ただ、自由というのは当然何らかの形で制約がつくわけでして……。

「3コマ目でキョージュがようやく登場。いつもどおりサラッと本質を突く発言をしているが、それより気になるのは後ろのノダミキ。“ジョンガリ”って聞くと、“ジョンガリ・A”しか思いつかないんだよなぁ。ジョジョのさ」

 そこは普通に“ジョン・ガリアーノ”でしょう。さすがは、おしゃれ姫ですね。そして、4コマ目で話は一時停止。

「で、実は、ここから先が今回の本当のメインになってくるわけだ」



●キョージュの3駒クッキング

「実は、今回オレが『採り上げるならこの話にしよう』って佐久良タンに言ったのは、この5本目からの展開があったからなんだな。GA1年5人組の、作品制作についての思考の差異が出てるっていう意味でね。これは本当に珍しいことだと思う。というのも、『誰がどんなデザインを思いついたか』でキャラ付けをすることは、誰でも思いつくんだよな。ところが、きゆづきさとこはそこに留まらず、『誰がどんな思索を経てそのデザインに至ったか』まで描いてる。オレは、ここに驚嘆したんだよ。しかも、肝心のデザインもしっかり各キャラクタで描き分けてあって、全く誤魔化してないしな」

 「3駒クッキング」の元ネタは、「3分クッキング」ですね。でも、ここで紹介されてるキョージュの手法は、料理と言うよりむしろ「数学」とか「公式」に近い気がします。数多くの式を覚えた上で、独創性という名の自分独自の「数」をそれに当て嵌め、解を得る。正攻法といえば正攻法ですが、なかなか実践はできませんよね。


●転換テンプレート

「1コマ目。普通代表ナミコの出番。先にモチーフを決めて、それをデザインとして変化させる。確かに、これなら何となく出来そうな気はする」

 


 で、4コマ目。これ、面白いですね。特撮好きな友兼と、ファンタジーから抜けきれない如月ちゃん。

「そりゃ、ファッションとは言えんだろ。そしてトモカネの思考回路は、このコマ1つでさり気なく披露されてるのな」


●イタコ ブランド

 デザイン方法ノダちゃん編。服自体ではなく、まずそれを着る対象の“人”を思う。これは、ちょっと意外でしたね。でも確かに、オシャレが好きな人って、自分が綺麗になることは勿論、周囲の誰かが綺麗になることにも興味を持ってる人が多いですよね。私の主観ですけど。


●じゃみじゃみ

「この8本目は、まずタイトルにビックリした。最初"ジャミング"のことかと思ってたんだけど、改めて調べたらコレ、実は、福井の方言なんだな。テレビ放映終了後におこる画面上の砂嵐のこと……って、そんなのわかんねーよ。ちなみに、きゆづきさとこは福井出身で、現在も福井に在住している模様。TVアニメ『GA』が福井放送で放映されているのも、それが理由なんだとかね。まぁ、『GA』の舞台も、まんま福井県らしいしな」



 だから、アンテナとかって話になってるんですかね。受信できたり、できなかったり。ところで私は、3コマ目で、デザインよりも洗濯できるかを心配する如月ちゃんが好きですよ。私も時々ありますので、これ。デザインが気に入って、肌触りとかもいい感じなのに、素材がシルクだったりすると「洗濯機で回せない……」と思って、買うのをやめたりする品が今までにいくらでも、ね。


●グランドスウェル

「9本目。タイトルの意味は、英語の "ground swell" 、つまり台風などで起こる大きなうねり、のこと」



 2コマ目の、ノダちゃんが腕を如月ちゃんの腕と組むシーンがいいですね。いかにも女の子同士っぽくて。

「女の子同士で、『がし』と腕は組まないだろ……普通。まぁ、これが最終4コマの大オチに繋がるワケなんだが。それはともかく、3コマ目の、トモカネとキサラギの言う『流される』の意味がそれぞれ違ってる所が、ありきたりだけど上手いよな。なにより、『?』とトモカネの言葉の意味がわかってないキサラギが良い味出してる」


●見せしめ処刑

 10本目。1コマ目は、友兼が先を越して焦る如月ちゃん。この心理は、良くわかりますよ。ましてや、最後の一人になってしまったら、尚のことですし。

「そして、2コマ目以降の、越廼先生の揺るぎない非情っぷり。でも、こういう事って、ちゃんと生徒側のことを見抜いてないとできないんだよな。あと、それに加えて、流行とかに敏感じゃないとね。ま、早い話が、オレや佐久良タンでは、到底無理って事なのかな」

 あまり、タカオさんと一緒にして欲しくはないですけど……。まぁそっちは置いといて。1コマ目のノダちゃんの雑誌「SCREEN」をちゃんと越廼先生も用意してチェック済みってトコロが流石というか、一枚上手といいますか。そして、流石と言えば、こういうトコロでも手を抜かないきゆづきさん。同じ雑誌の絵なんだから、コピーでも別にいいのに……とか思うんですけどね。基本的に、手を抜かない、というか手を抜けない人なんですね。色々と。


●新境地開拓

「1コマ目は、10本目を承けて。独創性を求めるトモカネの叫びからスタート。トモカネは一本気な分、即断即決なトコロが強みなのかもしれない」



 あぁ。このコマは好きですよ。スピード感がありますよね。1コマで3人分の吹き出しがあると、通常はごちゃっとしてしまうんですけど、これは上手く処理されてますよね。ちなみに、オチの4コマ目でも同様に3つの吹き出しがありますが、全く違和感ありません。一体何故なんでしょうね。やっぱり、この奥行きの付け方とかが、ポイントなんでしょうかね?


●飛べないハードルは、& スキップからはじめよ。

「12&13本目。ここはもう、4コマと言うより8コマだな。でも、これがまた、実にいい話なんだ。マンガとしては、あり得ないくらいに台詞ばかりのシーンなんだけど、それゆえストレートに「ことば」が胸に染みてくる、と言うべきかね。『頑張ってもダメなんだ』と自虐してしまうキサラギと、それに声を掛けるノダミキが対照的なようでいて、実はそうでなかったり。ノダミキがキサラギに掛けた言葉は、励ましでも慰めでもなく、ただ『確認』だったのかな、とオレは思う。自分で自分が見えなくなったとき、『本当の自分は、どうだった?』と確かめてみることが、大事なのかな、と。オトナになるにつれ、だんだんそれが難しくなるし、本当の自分自身を見失いがちになってしまうんだけどさ」

 うわッ、いきなりしみじみ語り始めましたね、タカオさん。とりあえず、ここでは4コマ目に注目してみましょうか。




 
「例によって、キャラの“向き”の話だな。3コマ目で左向きだったキサラギが、ノダミキの声を聞いた4コマ目で突然、右向きに描かれてる。こういう心情表現の手法もあるんだ、ってことをマンガを描く人なんかはひとつ覚えておいて欲しいよな。あと、もう一つは、8コマ目。敢えて会話をしているキサラギとノダミキを描かない、ってトコロとかな」

 きゆづきさんは、「描かないことの意味」をよく理解してる人だなぁと思いますよ。何となくですが、そんな気がします。


●目と手の届く高さの & 流刑

「で、最終ページ。4コマ目はやっぱり感動するよなぁ。連載で読んだ初見のときは、思わず泣きそうになったし」



 同時に、「やられた!」と思いましたけどね。巧妙に張られた伏線に気づけなかったというか、まぁ、この結末には通常気づけないんですけど、その点を除外しても単純にこの話が胸を打つのは事実です。やはり、越廼先生は最高ですね。大好き。

「それにしても、この先生、イイ椅子に座ってるよなぁ。さすがはテキスタイルの先生というだけのことはある。でも、どこの椅子なのかね? 肘掛けの形から見て、アーロンチェアではなさそうなので、オカムラ家具かどこかの高級椅子だと思うが、これは、ちょっとわからんかった。残念」

 で、最後15本目の大オチへ。「がし」と腕を組んで放さないノダちゃん。それに流されていく如月ちゃん。最後の4コマ目では、はじめのコマに立ち戻って「風見犬へ願掛け」する友兼とナミコさん……と、全てのネタが綺麗に一巡して、物語が締められてますね。実に見事でした。大満足。

「毎回、全てのマンガがこんな感じで描かれていたら、オレら読者が作者に文句を挟む余地は、どこにもなくなるんだろうけどね。まぁ、なかなか難しいだろうな」



 というわけで、以上の通り、今回は『GA』第3巻の中の一話を引用して、普段私やタカオさんがどういう風にマンガを読んでいるかというのを解説してみました。無駄に長くて済みませんでした。それから、『GA』を未読の方があれば、これを機に一度手に取ってみてください。絶対面白いので。それじゃ最後に、タカオさんから、ひと言。 

「行間からはみだすものを読め!*5

 ――それでは、今回は、そんな感じで。



「GA 芸術科アートデザインクラス」第3巻。その1
「GA 芸術科アートデザインクラス」第3巻、その2


*1:元ネタは、ジョー・ホールドマン「終わりなき戦い」の冒頭の一文
「今夜は、音をたてずに人を殺す八つの方法を教授する」

*2:正式名称は「彩井学園工業大学付属彩井高等学校」。単行本第2巻本体裏表紙参照。

*3:弟も居るという発言もあったが、こちらは登場する機会はないかもしれない。第2巻P.14参照

*4:映画「アンダルシアの犬」の有名なカミソリのシーン(↓)。観たい人だけ観てください。(トラウマ注意!)

*5:R・A・ラファティの単行本未収録短編のタイトル。「行間からはみだすものを読め」。「SFマガジン 456号」掲載。