消えていく存在、失われていく記憶。新スタンダードな平山瑞穂版"100%の恋愛小説"「忘れないと誓ったぼくがいた」


「生き残りたい、生き残りたい、まだ生きてたく〜なる〜♪*1
 アニメを見てテンション上がり気味のタカオさんが、機嫌良く鼻唄交じりにこちらを振り返りました。
「週1回更新を目指していたはずなのに、気がつけば、もう1ヶ月経っちゃったなぁ。仕方ないから、そろそろ生存報告しとかなきゃ」
 いやまぁ、ネットもそうですが、それ以前にリアルでも色々ありましたからねぇ。突然車がぶつかってきて救急車で運ばれたり。……タカオさん、ホントよく生き残ったよね。手足の擦過傷だけで済んでるもんだからこっちがビックリしましたよ。
「まぁね。会社の人間にこの事を話したら、一様に笑われたけどな。『さすがにお前でも、車とガチンコ勝負じゃ負けるか』って、人をなんだと思ってるんだか、まったく」
 でも、実際、病院にも殆ど行かなかったじゃないですか。通院しないモンだから、保険が全然おりないし……。
「医者も医者なんだよな。2日後に診てもらいに行ったら、『あれ!? タカオさん、もう治ってますよ。凄いや。よかったですねぇ。アハハハ』……って、治すのは俺じゃあなくて、アンタらの仕事だろう、と。そりゃ、通院する気もなくすぞ」
 とにかく、リアルでは何とか無事生き残れたって事で、ひとつ。今度はネットで生き残れるかどうかが問題ですけども……。
「いや、メジャー指向で行ったりするつもりは元々皆無だからさ。基本的に、数字的なことよりもむしろ、みんなの記憶に残ることが書けるかどうかが問題だと思うわけで。"BAD_TRIP"? あ〜、そんなサイトもあったね。――それで充分じゃん」
 今のままじゃ、それすらも危ういと思いますよ。もっと真面目にやってくださいよ。……そんなわけで今回の課題図書は、記憶と記録を巡る初恋青春小説、平山瑞穂の第2作「忘れないと誓ったぼくがいた」です。ようやく平山瑞穂文庫落ちしましたね。単行本刊行時熱烈プッシュしてた身としては、ちょっと懐かしいし、嬉しいです。
「なんで処女作でファンタジーノベル大賞受賞作の『ラス・マンチャス通信』の方が先に出ないんだ――、と思ってたら、そっちは角川文庫で出てたんだな。とりあえず安心した。でも、なんで角川? もしかして"ラスマン"みたいなダーク作品は角川持ちで、本作("ワスチカ")みたいな爽やか作品は新潮持ちなのか。知らないところで、黒ミズホと白ミズホとが棲み分けされているってことはないよな」
 いくらなんでも、乙一じゃないんですから。でもまぁ、色々あるんじゃないですか、そこんところは。ワスチカはまだ一般小説としてヒットする要素というか余地はあると思いますが、ラスマンではもうそれすら難しいと思いますし。でも、作品的な完成度という点では、圧倒的にラスマンの方が勝ってるんですけど。何というか、あれにはオンリーワンな魅力がそこかしこに横溢してましたからね。
「それじゃあ、俺たちは今回、なぜラスマンではなく、わざわざワスチカを採り上げているのかって話になるわけだが……」
 それはもちろん、懐古主義ってところからですよ。文庫落ち、再読。この一連の流れが、まさしくワスチカ自体の内容と凄くオーバーラップしてくるからです。徐々に失われていく「記憶と存在」。それに抗う少年の苦悩。そして、残される記録媒体。誰もが持ってる初恋のほろ苦さみたいなのも相まって、良い作品に仕上がってると思います。10代のリアルな学生時代に本書を読むのと、それを過ぎた20代でこれを読むのとでは大きく感想が異なるでしょうけどね。手元に置いておいて、気が向けばまた冒頭から読みたくなるような、そういう作品ではあると思います。
「ただ、今回の装丁については大いに不満がある。担当者は、本当に中身読んだのか? なんで単行本時みたいに、写真装丁を使わないんだよ。いや、むしろ単行本時の装丁でいいじゃん。なんでわざわざイラストにするの。意味、判ってないの?」
 そこは色々事情があるんでしょう。残念ですけど、つっこんであげるのは止めましょうよ。空しくなるだけですよ……。
「内容的には、もうあまり語る気がないというか、2年前に佐久良タンが"新装版"で書き切っちゃってるので、それ再録して終わっておくよ*2。(→リンク)PCゲーム『ONE』や村上春樹ノルウェイの森』との類似点とか、そのまま過ぎて改めて読むとどうだろうって気になるけどさ」
 『忘れないと誓ったぼくがいた』って、やっぱり、タイトルが一番いいですよね。だって、ぼくが『いた』なんですよ。既に過去形なの。この2文字の中に「感傷」とか「諦念」とか「青春の蹉跌」とかが含まれてるんです。それがたまらなく悲しいし、また愛おしいと思うのですよね。私なんかにしてみれば。
「ただこの小説、再読だとどうしても結論が判ってしまってるが故か、中盤の展開が冗長に思えるんだよな。主人公は少女のことを忘れまいと必死に抵抗するんだけど、そこからがスッゴク長く感じた。新事実が一切現れなくて、消えて、また現れて、を繰り返すだけになってるのがいけないのかも。初読時は意識しなかったけど、そこだけはちょっと残念だったかもしれない」
 青春小説、ってのは、基本的に再読に堪えるものでないといけませんからね。まぁ、そこは流石に、作品の特性上仕方ないことだと思いますが。
「なにはともあれ、今回の文庫落ち平山瑞穂も無事、読者に対して生存報告できたわけだし、また新作出して欲しいモンだね。さて、それじゃあ今からラスマンの再読を始めるか」
 興味なさそうに話題を打ち切ると、タカオさんはまた読書にとりかかり始めました。ほんと、交通事故にあったからって、あまり家の中に引き籠もって欲しくないものです。まったく。

忘れないと誓ったぼくがいた (新潮文庫 ひ 27-1)忘れないと誓ったぼくがいた (新潮文庫 ひ 27-1)
平山 瑞穂

新潮社 2008-07-29
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ISBN:9784101354811

*1:TVアニメ「マクロスF」新OP曲「ライオン」より。良い唄ですね。

*2:相変わらず、タカオさんは新装版時のログを全て再UPしてくれません。
「需要があれば考える」とは本人の言。今更読みたいっていう、そんな奇特な人、いますか? いれば、再考してみる、ってことらしいです。