読み逃している名作、ありませんか? 貴方に読ませたい、2007年マンガ作品紹介 その3。


「いま、ちょっと思ったんだけどさ」

 先日更新したweblogの内容をチェックしながら、タカオさんが呟きました。

「このペースで更新し続けてたら、昨年のマンガ紹介エントリーだけで、1ヶ月は済んでしまうんじゃないのか。少なくとも、正月気分はもう終わりだぞ。新年とかおめでとうとか言ってる段階はとうに過ぎているのに、俺たちはいつまで昨年の話をすれば気が済むというのか。来年の話をすれば鬼が笑うと言うが、昨年の話ばかりしてては閲覧者に笑われるとは思わんかね」

 そう言われましても、現実問題としてこのweblog、どう頑張っても3日に1回程度の更新しかできないんですけれども……。そもそも毎日更新できるんだったら、エントリーのタイトル部に「第○回」ってわざわざ毎回書いたりしませんよ。あれは、毎日更新は無理ですよっていう、隠れた意思表示でもあったんですから。

「じゃあ、書けるうちは休まず書き続けるしかないな。ほら、今回は話の枕はなしだ。テンポよく行きたまえ」

 話を引き延ばしているのは、毎回あなたの方ですよ。……という答えはグッと我慢して、早速今回も始めましょうか。



預言者ピッピ (1)

預言者ピッピ (1)



 紹介していく作品も、徐々に質を高めていきますよ。まず最初に私が紹介する作品は、これです。地下沢中也預言者ピッピ」1巻。コミック・キューでの連載から、実に4年以上。万感の思いを込めてついに単行本化された一冊です。日本の地震予知研究所が開発した驚異の地震予知システム、それが子供型ロボットのピッピだった。さまざまなデータを入力され、自らの中で演算することによりあらゆる事象を「予測」してみせるピッピ。究極の頭脳と驚愕の予知能力を持つこの少年型ロボットは、はたして新たな神なのか、それとも、地球を支配するラプラスの悪魔なのか……。この物語は素晴らしいですね。テーマがシンプルであるがゆえに、逆に私たちの胸の中に直截ストンと入り込んできます。地震予知という究極の演算能力を持った道具を前にして、人々は情報入力の制限解除を決定、あらゆる事象の未来を知りうる状態になる。だが、それは本当に「正しい」ことなのか。全ての結果が目の前に現れると知ったとき、人々は、自ら歩みを止めてしまうのではないか。人類が生み出したピッピという存在無しに、人々は存在できなくならないか。「なぜ目の前の 救えるものを 救わないの?」 この問いに対する回答は容易なようで難しいです。この作品が巧妙な部分は、自我を持ち始めたピッピが、「全く悪意を持っていない」ところなんだと思うんですよ。だからこそ、ピッピを否定することは難しい。まったく、巧く描かれたお話ですよね。

「作品を読み進めるウチに、次第、人の死すら預言するピッピが、いつしか人類の行く末全てを握った存在であるかのように思えてくるんだよな。地球の未来のあらゆる事象は、彼が望めばそれだけで全て変化するのではないかと登場人物は自問自答をするようになるが、確かに読んでるこちらもそう思えてならなくなる。作者が提示する問は限りなくシンプルであるが、それゆえ真理だ。「あなたは 今日から99日後 ──」(以下、ネタばれにつき検閲削除) このセリフを目にしたときは、正直こちらも打ち震えたね。あぁ、続きが気になって仕方ない。どうして1巻は第一部を完全収録しなかったんだよ。非常にいいところで終了しているのが、この本最大の難点だぞ」

 技量はまだまだ未熟な地下沢中也ですけど、読み進める上でその未熟さは全く苦になりません。コマ割りや演出の確かさがこの作品のドラマツルギーを堅固に支えています。ピッピが、人類がこの後どうなっていくのか、「預言者ピッピ」という福音書のこれからを、刮目して待ち続けていきたいと思いますよ。……たとえそれが、数年先の話であっても、ですね。



大東京トイボックス(2) (バーズコミックス)

大東京トイボックス(2) (バーズコミックス)



「じゃ、次。前作『東京トイボックス』から続く新たな局面を描いたゲーム業界物語。うめ(共著:妹尾朝子・小沢高広)『大東京トイボックス』2巻。この作者はうまいよ。画力も圧倒的なら、演出力にも長けている。今回の2巻は前作の新装版2冊と同時発売だったんだが、それにもちゃんと意味があるわけで、というのも今巻のラストがちょうど前作のラストと同じ出来事になってるんだな。つまり前回描かれることのなかった冬から夏にかけての一連の出来事が、今作の『大東京トイボックス』1、2巻だったというわけだ。まぁ、そんなことは読めばすぐ分かる事なんだけど、やっぱ改めて読み返してみると、しみじみひたれる部分があるのは確か。2巻P.79〜81で、雨の下傘さしながら二人が、『…あの日は雪でしたね』『覚えてねーよ 天気なんか』って会話している場面があるけど、確かに旧2巻を読み返すまでもなく、間違いなく“あの日”は雪だったんだよ。読者はみんな憶えてるよ! あの時の雪の演出、忘れられるわけがない。それが今度は梅雨時の雨の演出に早変わり。素人目で見てもかなり難しい雨の描写も、あの雪の描写に負けないくらいのクオリティで、作者の実力をまざまざと見せつけられた気分になった。このマンガがすごいと思った直接的な原因の一つだったな」

 同じゲーム業界を描いたマンガに、MATSUDA98(原作:太田顕喜)「ほのかLv.アップ!」がありますけど、あっちは世間知らずな女子高生のお嬢様がゲーム業界っていう「社会」の中で成長していく、いわば大げさに言えばビルドゥングス・ロマンなのに対し、こちらは子供の心を持ち続け、いつの間にか大人になってしまった者たちの、戦いの挽歌なわけですね。同じ業界を描いているのに、ベクトルが全くの正反対なのが面白いですよね。「…なんか大人みてェ」「知らなかったのか? オレたちは とっくに 大人だったんだよ」っていう天川太陽と仙水伊鶴の会話が、象徴的で印象深いです。というか、仙水は厭な奴ですけど格好良さがありますよね。この話に出てくる大人たちは、みんな何かしら幼児性というか未熟な部分を抱えてるように描かれているわけですが、それが堪らなく登場人物の人間性を魅力的に見せているんだろうなぁと、私には感じられました。

「この作品こそ、文化庁メディア芸術祭で優秀賞とかを受賞してもいい作品だと思うんだけどな。まぁ、物語はまだまだこれからだし、もうしばらくの間、今後の展開を楽しませてもらうと致しましょうか」





 それじゃあ次。なんだかんだ言っても、感動ものには素直に弱い自分がいます。湖西晶ソーダ屋のソーダさん。」 昨年末に発売されたばかりの一迅社「4コマKINGSぱれっとCOMICS」創刊第一弾ラインナップの一冊。いやぁ、正直に感想を言ってしまいますと、実は私、読む前はこの作品ってあんまり期待値高くなかったんですよ。でも、読み進めていくうちに徐々に引き込まれていきまして、お恥ずかしながら最終的にはラスト付近で涙ぐむ始末。開始早々、「私、死んでしもうたみたいなんよ…」と呑気に告白する沙和さんがあまりに天然なので、てっきりコメディなんだと思って読み進めてたら、クライマックスがアレですからね。率直に「やられた」と思いましたね。

「海辺の田舎町、死を予感させる姉妹の登場。季節は、夏。と来れば、どことなく『AIR』の美凪シナリオを思い出すんだけど、本当にそんな展開になってて正直オレもびっくりしたさ。とりわけ、妹の なつめ は、ツンデレ・幼女・ツインテールな属性が みちる と被り過ぎてて、どうにも新鮮な驚きがなかったなぁ。だから、オレはどちらかというとこの作品は、あんまり評価はしてない。絵的にも未熟だし、最後の展開はかなり蛇足気味な上、判りにくいし。でも、この作品が湖西晶の現時点での最高傑作だという点には同意する。感動できる話だという点も理解できる。しかし、だからといって、好きかといわれると案外そうでもないな」

 まぁ、タカオさんにはあんまり期待してませんけどね。でも一応の評価は得ているみたいでとりあえず満足です。同じく最近目にしたマンガで生霊ものなら、口八丁ぐりぐら「花と泳ぐ」という作品があって、あっちもかなり今後の展開が期待できる作品なんですけど、この「ソーダ屋のソーダさん。」は一冊で完結しているのが何よりの強みですよね。手始めに読んでもらうのには適しているというか。さっき「AIR」の話が出てましたけど、KEYのゲームが好きな人なんかにはピッタリなんじゃないかと思います。……私はPCゲームって全然やらないので、実際のところはよくわかりませんが。

 「ゲームやってないのに、薦めちゃダメだろ……」



Present for me 石黒正数短編集 (ヤングキングコミックス)

Present for me 石黒正数短編集 (ヤングキングコミックス)

はじまりのはこ―よしづきくみち作品集 (CR COMICS)

はじまりのはこ―よしづきくみち作品集 (CR COMICS)

アウトサイダー (ビームコミックス)

アウトサイダー (ビームコミックス)

コミックハイ ! 2007年 5/21号 [雑誌]

コミックハイ ! 2007年 5/21号 [雑誌]



「それじゃあ、そろそろこっちは一気に行こうか。ラインナップを見ればわかると思うが、短編集ばかりを選んでみた。ひとつは雑誌収録だけどな。個人的に好きな短編だけを挙げれば、(1)石黒正数『Present for me』、(2)よしづきくみち『すなぼし』、(3)安永知澄(原作:上野顕太郎)『ちぬちぬとふる』、(4)田邊剛(原作:H・P・ラヴクラフト)『アウトサイダー』、最後に、(5)タカハシマコ『人間子供椅子』。長編に比べるとマンガの短編集というのはあまり売れ行きが良くないんだそうで、これは、昨今のSF界においてと同様だ。実は短編の方がアイデア重視になる分、センス・オブ・ワンダーの点においては優れていると思うんだが、発表の場がなかなかない上、雑誌等に掲載されても、今度はそれが単行本化されるまでに時間がかかるという欠点がある。だから、気になる短編作品は早々に購入しておく必要があるわけだ。そんなわけで、読み逃してはいけない短編群についてなんだが、とりあえず個別に紹介しようか。

  • (1)は表題作になるだけあって、やはりダントツの出来栄え。終わりかけた世界の中、壊れかけたロボットと少女の邂逅から始まるファンタジック・ストーリー。少女が全くセリフを喋らず、ロボットがそれを代弁している演出が良いね。アッと驚かせて終わる演出も見事。これ読むためだけでも単行本を買う価値はある。ある意味一番、石黒正数らしからぬ作品ではあるけどな。
  • (2)は、ラストの見開き2ページが素晴らしい。物語的にはありがちで新鮮さがない、というか、古橋秀之の短編小説『ある日、爆弾がおちてきて』にホントそっくりなんだけど、少年少女の淡い恋をひと夜の夢に乗せて描く切なさ炸裂系作品として佳作ではあると思う。若いころに読んでれば、また違った感想が出てきたかもしれないけどさ。
  • (3)については多くは語らない。上野顕太郎マンガをウエケン以外が描いても、やっぱりそれはウエケンマンガなんだと実感させられた作品。河井克夫しりあがり寿が原作担当する各作品もよく出来ているので、実は短編集としてはかなりアベレージの高い一冊になっているのではないかと思う。でも、マニア以外は絶対買わないだろうけど、こんな本。
  • (4)は衝撃的作品だった。これを読んで何も感じないようでは、マンガを好んで読む必要はないくらいだな。そういう人は、ジャンプマンガだけ買ってりゃいいんだ。田邊剛というマンガ家には普遍性はないかもしれんが、とにかく、この才能を埋もれさせてはいけないということは最低限言っておかねばなるまい。秀才タイプの実直なマンガ家の登場だと思いたい。
  • 最後に、(5)だが、これは最強。たぶん、昨年読んだどんな読み切り作品もこの1作には敵わないだろう。人間がイスの振りして幼稚園児の幼女たちを膝の上に乗せ悦に浸るという、どこから見ても変態マンガなんだが、読み終わったらその凡てが氷解、得心がいくという超傑作。しかも、微妙に後味の悪い読後感付き。『マイ園児ぇる』って単語もいろいろな意味で凄いけどな。とりあえず読んでみろ。以上、短編メッタ斬り終了。」

 よくまぁ、これだけ一気に触れられるもんですね。ツッコミどころもなくはないのですが、その気力すら失せますよ。「人間子供椅子」は確かに物凄い傑作なんですけど、単行本未収録作品をここで紹介してもいいものでしょうか。そういや雑誌掲載直後、あの海燕さん*1も傑作と言いつつ、何気にサラリと作者を「変態」扱いしてましたし。そういう処でタカオさんと気が合うんですかね。いやな共通点ですね。



福助(1) (モーニング KC)

福助(1) (モーニング KC)



 じゃあ、今回最後の1冊を紹介して終わりにしましょうか。例によって今回も感動ものの1冊。伊藤静福助」1巻です。これには正直参りました。とんでもない新人が現れたものだと、驚きと同時に喜びが込み上げてきましたよ。もっとも、その喜びもこの巻止まりだったわけですが。

「2巻はまぁ……なかったことにしとこうや。あれは結局、中心となるべき人物がころころ変わって安定しなかったことが原因なんだな。でも、少なくとも1巻で物語はしっかり一区切りついてるし、そこだけ読んでりゃ充分なんだから、何も知らない人には、素直に1巻だけ薦めておけばいいんだよ」

 まぁ、確かにそうなんですけどね。ちなみに、初読の時に比べれば、再読以降はどうしても作品から受けるインパクトは薄れてしまうものなんですが、この1巻だけは、何回読んでもラストの数ページで涙ぐんでしまうんですよね。改めて読み返してみるとそれほど傑作だったとは思えなくなってるんですけど、あのラストシーンだけは完全に別。むしろ、あの数ページでよくまとめたって感じですよ。あらすじは説明するのが難しいけど、簡単に言うと、祖母が死に天涯孤独の身となった千晶は、祖母の遺品の中に「福助」と書いた木箱を発見、開けてみると、中には小さな男の子が。この福助が千明に福を与えると、なぜか福助はそのたびに歳をとり成長していくのだった。しかし、この福を狙う者たちが現われて……という内容。こうしてみると、なんだか変な話ではありますね。

「家族とは、人生とは、そして幸せとは何か、を問いかける佳作ではあるけどな。しかも、それを問いかけるアプローチが独特というか特異だったので、目を引くんだよ。いわばオンリーワンな作風だと初読時にはオレも感じたわけなんだけど、やっぱ、続きを書いたのがダメだったか。また、違う作品で再会できることを楽しみに待ってるよ。慌てずじっくり物語を練ってから再挑戦してほしい。ま、言うべきことはそれくらいかな」

 なんだかお薦めするというよりは、残念な面が強調されてる気がしますが、それだけ私たちが作者に期待していたってことの裏返しだと捉えてもらえばいいですかね。それじゃ、今回は長くなったので、そろそろこの辺で休憩といたしますか。できればこのエントリも、次回で終われれば良いのですが。何だかんだ言いつつ、私たちも引き際を心得なくてはいけませんね。