ほら、僕たちの日常にはこんなにも多くのドラマが待ち受けている。驚異のリーダビリティーを発揮する「エンド・クレジットに最適な夏」
「ふむ。更新を再開しても、すぐオレの身に変化が訪れるわけではないな」
机上のPCをにらみ、どこかのサイトを巡回していたかと思うと、不意にまたタカオさんが溜め息を吐いて言いました。前回に引き続き、この人は、退屈という名の日常を存分に闊歩しまくっているようです。もちろん、人並程度の歩幅で。
「外に出ず部屋に籠っているのに、『闊歩する』とは、これ如何に」
そこは、レトリック、言い回しですよ。この人を前にすると、比喩表現一つにも気を遣わねばいけません。いや、それ以前に、引き籠りだと自覚しているのなら、せめてどこかに行きましょうよ。『書を捨てよ、街に出よう』*1ですよ。
「それは思い切り読書をしまくった人物の話だ。参考にはならない。そもそも、書物を読んでもいないのに、書を捨てられるわけがないだろう」
はぁ。そうですか。まぁ、確かにタカオさんの部屋は捨てられない本やら何やらで、かなり見苦しい状態が続いているわけですが。いや、それ以前に、私が言いたい重点は、書を捨てる方ではなく、街へ出ようという方なんですが。
「ちなみに、書店での"立ち読み"とWEBサイトの"閲覧"は、英語では同じ単語なんだぞ。知ってるか?」
あ〜。ハイハイ。"browse"(ブラウズ)でしょう。牛とか動物が草を食んでるような状態って意味らしいですけど……。というか、話をすり替えないでください!
「まぁ、なんだ。おっと、平和さん*2から、再開おめってことで紹介してもらってるよ」
また、この人は韜晦なんかして……。と思いつつ、私もタカオさんの横に並んで、モニタに映し出された画面を慌てて見てみました。あっ、本当ですね。非常にありがたいことです。私がサイトを休止していた間に、平和さんは超大手サイトになられたみたいで……。日々の苦労が偲ばれます。肝心の紹介文は、なんとなく言葉の裏に含みがありそうで怖いですけど。いまからでもやっぱり、真面目路線で作品紹介した方がいいのでしょうか。わたし、気になります!*3 ……いやいや、そうじゃないですよ。それは置いといて、ともかくタカオさん。貴方、更新作業は一切してないじゃないですかッ。これ、全部私がやってるんですよ。
「シラナイ。ワカラナイ。こむぎこカ、ナニカダ*4」
――まぁ、良いですけど。しかし、せめて「新装版」の過去ログくらいは復旧してくださいよ。タカオさんがが間違って消しちゃったんだからさ。
「ああ、それなら、今さっきサブアカウント取得して試しに復旧してみた。まだ、試行錯誤の段階だけどな」
試行錯誤はこっちのページも同じなんだからいいですよ。どれどれ……あっ、これは、って、なぜ福田栄一だけなんですか、今回は。
「そりゃ、今日読んだ小説が、たまたまこの人の本だったからに決まってるじゃないか。他に理由はないぞ」
なるほど。机の上に視線を落すと、そこにはしっかりミステリ・フロンティアの一冊、福田栄一『エンド・クレジットに最適な夏』が置かれていました。となると、今日の課題図書はこれですか。
「福田栄一の作品は、佐久良タンが以前読んでた2冊と今回のコレとでオレも計3冊読んだわけだけど、どれも見事に同じような展開だったな」
そうですね。もちろん、それが欠点なのではなく美点であるし、また、こういったシチュエーション・コメディが、この人の"得意分野"なんでしょうけどね。もっとも、今回はコメディ要素は少なくて、最初にドッグフード食べるシーンぐらいしか思い出せないんですけど。それでも充分、この人の持ち味は活かされてたと思いますよ。個人的には、福田作品のドタバタ劇は読み始めると癖になるくらいで、私はお気に入りなんですけどね。
「ただ、今回はタイムリミット形式じゃなかったのが意外だったけどな」
まぁ、同じ感じで何度もやられたら読み手も辟易するから、ちょうど良かったんじゃないですか。私は、うまくまとまっていたと思います。ただ、ミステリとしての要素を若干、オチの部分に加味していましたけど、それが……。
「きちんと伏線張ってあったけど、やはり少々突飛な印象は拭えんわな。結末がいつもの純粋ハッピーエンドとは異なるせいか、読後感が少々微妙なのもあるけれど。胸の中にしこりが残るというか。村上春樹風に言うと、『歌は終わった。しかしメロディはまだ鳴り響いている』*5て感じか。」
それをいうなら、アーヴィング・バーリンでしょう。「The song is ended but the melody lingers on.」ですよ。別にどっちでもいいですけど。とにかく、結末は置くにしても、全体的にアドベンチャーゲーム風のミッション攻略型小説である点には満足だし、一見関係なく見えていた事件や事象が次々に繋がっていく、あの展開の妙と語り口の巧さは特筆に値しますよね。
「てっきり、並列回路だと思っていた全体図が、解きほぐしていくと実は直列回路だった、みたいな驚きはあったな」
そこがこの作品、ひいては福田栄一の魅力なんだと思います。
「じゃあ、とりあえず、『メメントモリ』と『あかね雲の夏』を読むとするか」
タカオさん、それ以前に、まずは、サイトの復旧をお願いしたいんですが……。話は終わった、とばかりに私に背を向けると、タカオさんはまた、嬉々として何かの本を手に取りページをめくり始めました。こうなるともう、この人には何を言っても無駄です。――こうしてまた、私たちの無為な時間は過ぎ去っていくのでした。
- 作者: 福田栄一
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