過ぎ去りし日々の光、取り戻せ学園生活。古典部シリーズ第4弾「遠まわりする雛」


「あぁ、退屈だ。退屈で死んでしまいそうだ」

 読んでいた本を机に放り出すと、タカオさんは軽く背筋を伸ばして、うめくようにそう呟いた。本を読んでいながら「退屈だ」などというのはその本の作者に対して失礼なのではあるまいか。幾つになっても治らない、評者としては不適切すぎる傲慢な性格と言動は、極力慎んでもらいたい。いや、タカオさんのことだから、もしかしたらそれ以前に、本を読む行為自体に飽きを感じているのかもしれませんが。

「秋を感じる、ならば風流だが、飽きを感じる、では無粋にすぎるね。反省しなさい」

 早速怒られてしまいました。しかし、会話文では両者の違いは判別しにくいと思うのですけど。というかそれ以前に、地の文に突っ込むのは正直やめていただきたいです。

「世の中には、面白いもの、面白いことが氾濫してるというのに、どうして私の周囲には、そういう事件が一切起こらないんだろう。佐久良タン、君、何か面白い話の一つや二つないのかね」

 そういうことが起こらないから小説を読んだりするんじゃないのでしょうか。エンターテインメントを追いかけてばかりいると、こういうエンタメ脳になってしまうのか。オー、テリブル。仕方がないので、近くにあった書籍を一冊差し出してみました。

「うん。米澤穂信遠まわりする雛*1だね。これはもう読んだよ。面白かった。いまさら何を」

 もちろん、面白いのは判っているのです。私も読みましたから。面白くないのなら、京都市内の本屋を駆け回ってわざわざサイン本*2を探したりはしません。問題は、面白いか面白くないかではなく、感想、その中身についてではありませんか。

「うーん。そうだ。そういえば昔、古典部シリーズについて誰かがこんなこと書いてたなぁ。曰く、『氷菓』は過去、『愚者のエンドロール』は未来、『クドリャフカの順番』は現在進行形の事件をそれぞれ描いたものである……」

 ああ、なるほど。確かに『氷菓』は古典部の過去の因縁を解き明かす物語だったし、『愚者』は未完結の映画の結末を予測する話でした。『クドリャフカ』は続発する事件の真相をリアルタイムで追いかけるミステリだったわけですし、そう言えなくはないですね。巧くまとまった評だと思いますが、どこで目にしたんです、それ?

「えっとね。確か、リッパーさん*3トコの"もえたん*4"だったんだけど……。ああ、思い出したよ。ごめんごめん、忘れてた。それ書いたの、俺だったわ」

 あんた……、いっぺん死んでみる?*5 ああ、クソッ、褒めるんじゃなかった。失敗した。……ふーん、でも結構まじめに書いてるじゃないですか、この『クドリャフカの順番』のレビュー。本を丁寧に読んで、それなりに作品と向き合って言葉を紡いだ印象が実にいい感じですが。――そ、そうですよ! 退屈なんだったら、もう一回、タカオさんがサイトを更新すればいいじゃないの。そもそも、唐突に「俺はもう、本の感想書くのに疲れた。あとは任せた」とかって、私に無茶振りするから、一から私が"新装版"を立ち上げたわけですし。もうみんな、タカオさんのこと忘れてますって。TKO*6って誰ッ? とか思ってるって。ここらで再び辛口レビューサイトを復活させればいいじゃないですか。

「厭だよ、そんなの。めんどくさい」

 うがー! じゃあ、わかった、私が代わりに書きますよ。それで文句ないでしょう。Do you understand?

「日本語でおk*7。じゃあ、任せるわ。俺は一切関与しないので好きにしてもらっていいから。えー、とりあえず今回は米澤穂信さんね。シリーズ第4弾とのことだが、先に言った"時制"でいうと今回は過去から未来、古典部の1年間を3つの事件(1〜3作目)があった季節を挟みつつ、7つの定点観測で描いたクロニクルっていうところかな」

 まぁ、クロニクルというと大袈裟な気が多少しますが、概ねそんなところでしょう。いや、そんなことより、他の部分はどうなんでしょう。ミステリ的に、とか青春小説としてどうとか、そういうのは。

「『クドリャフカの順番』のときにも思ったんだけど、古典部シリーズって、ミステリとしてよりは青春小説として読めるんだよね。そりゃ確かに、過去のミステリ作品、『ABC殺人事件』とか『毒入りチョコレート事件』を換骨奪胎、というか踏襲して書いてる部分があるんだけど、内容的にはあまりそちらを中心にして読者の目線が行くことはなくて、むしろ高校生男女4人が謎サークル的な部活動で怪しい活動をするという、そのドタバタの方が中心だったような気がするし。今回も「九マイルは遠すぎる」を下敷きにした短編も出てくるんだけど、そもそもオレ、ケメルマンのあの作品自体があまり好きじゃないからなぁ」

 ……古典的名作を嫌っていると、あとあと苦労しますよ。

「大丈夫。オレ、苦労するほど古典を読んでないから。でも、そもそも今回の短編集では、勝負所がミステリ的要素に於いてではないということは作者の米澤さんも判ってるんだと思うんだ。でなければ、最後の書き下ろし短編『遠まわりする雛』があんな内容になるわけがないんだから」

 わたしの周りでも、えるえる大人気ですよ?

「そうだろう? みんな千反田えるが好きなんだよ。奉太郎だって例外じゃない。もう「わたし、気になります」ってレベルじゃねーよ*8。意識しまくってるじゃん。結局、この短編集は、折木奉太郎千反田えるっていう存在に対して、自分の主義主張を貫き通せなくなるくらい、無視できない大きな存在として心の裡で肥大化していく過程を描いたものなんだ。心の奥底で知らず大きくなっていく恋慕の情を発見するホータロー。まさに、熊が火を発見する*9! みたいな」

 それじゃあ、なんだか恋愛小説であるような誤解を受けてしまいそうですが……。というかビッスンで喩えるなら、むしろ「アンを押してください」というのに近い気持ちを覚えたのですけどね。私は。

「それ、コメディじゃん。まぁ、確かに『さっさと押せ!』という気にはなるけどさ。それでもやっぱり、このどうしようもない胸のつかえや戸惑いの気持は、恋愛というよりは青春であると思うんだよね、好きとか嫌いとかの話ではないわけだからさ」

 奉太郎と千反田の明日はどっちだッ! って事で、また次回に期待ですね。

クドリャフカ、まだ文庫落ちしないのかなー。」

 そんなこんなで、退屈な一日はまだまだ続くのでありました。


遠まわりする雛

遠まわりする雛

*1:表記が「遠回り」ではない点に注意!

*2:結局、長岡京市の名物書店「恵文社バンビオ店」で購入。

*3:id:kirisakineko

*4:クロスレビュー企画  「もえたん 萌える探偵小説」

*5:TVアニメ「地獄少女」主人公・閻魔あい の決め台詞

*6:BAD_TRIP管理人。旧管理人。

*7:元ネタは「ウルトラマンに悩みを相談しよう」より

*8:元ネタは「物売るっていうレベルじゃねぇぞ

*9:テリー・ビッスン「ふたりジャネット」収録。後述「アンを押してください」も同様