ローリング・スポ根、略してロリコン!? 電撃文庫の問題作に刮目せよ。蒼山サグ「ロウきゅーぶ!」第3巻


「君が思う そのままのこと 歌う誰か見つけても すぐに恋に落ちてはダメさ♪ (お仕事でやってるだけかもよ?)*1

 大槻ケンヂ的な何かを口にすると、タカオさんはこちらを振り向いて、声高に叫びました。

「つまりは、一定の表現がなされているからといって、その内容が必ずしも作者の意思と合致しているとは言えないのだよ!」

 そんな当たり前のことを、今更重大事件のように叫ばれても……。で結局、何が言いたいんですか。タカオさん自身の意図は? 今回は、作者擁護ですか、それとも、作者批判なんですか? どっちなんです?

「敢えて言うなら、『どちらでも、ない』かな。1巻読んだときは、作者も可哀想にと思ったモンだが、3巻の時点では結構作者がノリノリでやってるフシが垣間見えるからなぁ。ここまでロリコンネタ中心に売り込まれたら、もう笑うしかないんじゃないの? もっとも、案外、作者がMッ気を発揮して、『書くのがイヤだとは思いつつも、つい筆が滑ってしまっている状態』だったらもっと笑えるけど」

 ――なんですか、そのツンデレな心理状態は。というわけで、今回は第15回電撃小説大賞<銀賞>受賞作第3弾「ロウきゅーぶ!」第3巻の話です。これ、刊行ペースが異常に早いですけど、意外と人気あるんでしょうか? やっぱりみんな、『小学生とか好きだから*2』とか思ってるのかなぁ。正直、私にはよく判りません。

「とか言いつつ、この本、買ってきたのは佐久良タンじゃないか。よく買えたよな。カバー絵とか、帯の煽り*3とか、恥ずかしくてオレにはリアル書店でこれを買える気がしないぞ。人間、羞恥心は最後の砦デスヨ?」

 貴方だけには、そんな事言われたくありませんが……。なんかね、夏に某オフ会へ参加したとき、隣席に居たリッパーさんに勧められたんです。『このスポ根が、すごい』って。リッパーさん曰く、「ライトノベルには売れないジャンルが3つある。1つは、スポ根。1つは、海洋SF。もう1つは……」忘れちゃいましたけど、とにかく、そんな中、売れてるスポ根があるから読むと良い、って風に言いくるめられまして……。

「それで、試しに買ってきたってわけか。で、いざフタを開けてみたらスポ根の皮を被ったロリコン小説だった、と。どんなビックリ箱だよ」

 いや、ちゃんと説明を受けてたんですよ!! スポ根小説を売るために、編集側が絵とかキャラとかで「ロリ寄せ*4」してるっていう話はちゃんと。だから、そういう変な作品だったらタカオさんも気に入るだろうな、と思ってお土産に買ってきたワケなんですけれども。……ダメ、かな?

「確かに、1巻は受賞作なだけあって、スポ根の熱血度合いといい話の展開といい良く纏まってたと思うぞ。実際、ラスト付近では感動しそうになったしな。けど、3巻読んだ限りでは。うーん。なんでこうなったんだろう。というか、口絵とかも(ロリ寄せ的な意味で)ひどすぎる。1巻はメイド服、2巻はパジャマ、3巻は水着だし。もうバスケ関係ねーじゃん!」

 一応、タイトルは「籠球部」つまり、そのまんま「バスケ部」ですからね。もっとも、最近の中高生には「籠球」って言っても通じないと思いますけど。ストーリー的にも、揺るぎないくらいバスケの小説でしたが……それが3巻では、なぜこんな事に。今回に至っては、ストーリーの半分くらいが、プールの話でしたからね。水着の絵を入れるために、無理矢理そうしたとしか思えません。作者はこの現状を、一体どう捉えてるんでしょうか。

「ヒントは、3巻カバーの著者紹介にあったと思うぞ。こんな感じで。

好きな食べ物はセロリ……というわけではありません。

やっぱりカロリー高めなインドカレーが大好きな模様。

著者紹介欄より


これはやはり、ロリが好きなわけではない、という意味でOK? でも、『カロリー高め=か(ロリータ)かめ』は大好きなのか。どっちなんだろう、これ。ちなみに、どうでも良いけど、『ロリじゃない』って言ってる人を見ると、kashmirの昔の一コママンガを思い出すよね。『気をつけて』ってヤツ」



 『ロリ属性がないことを強調したがる人に注意して……』てまた、懐かしいネタですね。まぁ、kashmirさんの幼女萌えマンガ*5とかに比べれば、蒼山サグの小六バスケ部マンガなんてまだまだ普通の領域でしょうけど。

「そうそう。それに高一と小六じゃ、4歳くらいしか年齢差もないから、そんなに言うほどロリコンじゃないよ。『ぼくの地球を守って』みたいな例もあったしな」 

 その例は、男女の立場が逆でしょう……。というか、年齢差以前に、小学生という事象が問題なのだと思いますけども……。ま、ロリコン小説としてではなく、純粋にスポ根小説として読める以上、まだまだ追いかける価値はあると私は思いますけどね。一応、私は擁護の立場をとっておきます。それに、なんだかんだで面白かったと思いますしね。……私は。


ロウきゅーぶ!〈3〉 (電撃文庫)ロウきゅーぶ!〈3〉 (電撃文庫)
蒼山サグ


アスキーメディアワークス 2009-10-10
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ISBN:9784048680769


*1:大槻ケンヂと絶望少女達林檎もぎれビーム!」より。ちなみに2番では「君の孤独分かってるような 凄い話に出会っても すぐに神と思っちゃダメさ(マニュアルで嵌めてるだけかもよ?)」

*2:元ネタは、あずまきよひこあずまんが大王」の木村先生の台詞「女子高生とか 好きだから」

*3:1巻帯では「少女はスポコン! コーチはロリコン!? 個性あふれる小学生たちに翻弄されまくりな さわやかローリング・スポコメディ!」
2巻帯では「『苺ましまろ』のばらスィー先生も大推薦っ!? そして、合宿という名のグローリーデイズが始まる!」「俺でさえ小学生は4人なのに…… by ばらスィー
3巻帯「ミュージシャンROLLY氏も大絶賛っ!?」「ロリを名乗って25年! 自他ともに認めるROLLYは! ロリを崇拝し、真心を込めて ロリを支持することを誓います! by ROLLY
「グローリーデイズ」とかって単語、よく思いつきますね……

*4:「ロリ寄せ」という単語は私の造語。富士見の「LOVE寄せ」を承けて、便宜上そう呼んだだけです。

*5:百合星人ナオコサン」とか、そういうヤツ。

これぞ電撃文庫の新兵器。新人作家 南井大介による衝撃のデビュー作「ピクシー・ワークス」


「突然だけど、クイズです。――日本に、『妖精』というものは存在するでしょうか?」

 前触れ無く問題を出題すると、タカオさんは、答えを求めてるのか求めてないのか判然としない微妙な顔をしました。

「微妙な顔、とかあまり言われたくないな。そんな事より、答えはどうした。妖精は『いる』のか『いない』のか、どっちだ?」

 そんなこと、私に訊かれても困ります。少なくとも、現時点では確認がとれてないだけで、実際には存在しているかもしれないじゃないですか。また、たとえ存在しないのだとしても、「存在しないこと」を証明することは非常に困難なことだとわかるでしょう。いわゆる「悪魔の証明*1」って奴ですね。だから、断言は私にはできませんよ。敢えて答えるなら、回答は「わからない」としておきます。

「視力検査じゃないんだぞ。『わかりません』で終わるなって。それに、オレは今、『クイズ』だと言ったんだ。『質問』じゃない。つまり解答があるんだ。それを考えろ、ってんだよ」

 それでもちょっと困りますね。やっぱり、自信を持って断言できない以上、回答については保留とさせてもらいます。どうもすみません。

「はぁ……。それだから佐久良タンは、ダメなんだ。正解はな、『いない』だよ。日本に妖精なんか、いるわけないだろう。少し考えればそれくらい判るだろ」

 いや、それくらいって、言われても……。その理由を説明しないことには、ちょっと納得できないですよ?

「なぜならな、『妖精』という言葉は、“西洋の”精霊を指すからだ。元々、日本にいる存在じゃないんだよ。日本にいるそれは、さしずめ『妖怪』だろうな」

 うーん。なんか、いいように誤魔化されてるような気がしますが……。結局は、言葉の定義の問題、ってことでいいのでしょうか? 一応、タカオさんが言わんとすることはわかりますよ。「妖精」とは、西洋における想像上の存在。だから、日本には存在しない、と。納得はできませんけど*2。ちなみに、「妖精なんて信じないと言うたび、妖精がひとり死んじゃう」って話があります。だからタカオさんも発言には気をつけないと。

「あ、それそれ! 『ピーター・パンとウェンディ』*3だよな! ちょうど、その話をしようと思ってたんだ。佐久良タンはさ、“妖精”って聞くと、どんなのを想像する?」

 え? それはやっぱり、羽の生えた小さい女の子の姿をした……。そうですね、まさに『ピーター・パン』に出てくるティンカー・ベルみたいな感じですね。

「うん。やっぱそういう人が多いな。ちなみに、佐久良タンが言ったのは、一番メジャーな妖精。いわゆる“フェアリイ(fairy)”だ。妖精ってのは種類を表す用語だから、それ以外にも当然妖精は存在する。例えば、エルフ、ドワーフ、ゴブリン、ノーム、レプラコーン、ブラウニー、……」

 妖精、というより小人さん、って感じのタイプですね。そういえば昔、光原伸の「アウターゾーン」で、そういうの読んだような気がします。物を隠すいたずら好きの妖精の話でしたが……。

「こちらが妖精の姿に気付くと襲いかかってくるんだよな。『アウターゾーン』の中の『妖精を見た』と『黒帽子』という二部作で出てくる。それ以外には、もっとメジャーな妖精の童話として『小人と靴屋』の話があるだろ。寝てる間に小人が靴を完成させてくれる話な」

 そういう妖精が、いわゆるピクシーと呼ばれるものですね。……というわけで、ようやく話がスタート地点にきました。今回の課題本は電撃の新人作家の作品「ピクシー・ワークス」です。天才女子高生たちが寄り集まって、とある精密機械を修理し、それを飛ばしてしまう物語。これ、電撃文庫としては結構な異色作だと思うのですが、どうでしょうか。

「まぁ、その点については後述するとして、とりあえず作品のタイトルに関する話を終わらせてしまおう。本作は言うまでもなく神林長平の『戦闘妖精・雪風』の影響を承けてるわけだ。<雪風>と言えば、イコール、機体偏愛小説。略して、ヘンタイ小説。それを下敷きにしているんだから、少しくらい変な小説になっても仕方ないんじゃないか」

 あ、謝れ! 神林先生に謝れ! あと、ファンに土下座しなさい! そんな略し方は聞いたこともありません!

「冗談だってば。要は、妖精繋がりだってことが言いたいだけだ。ただ、『ピクシー・ワークス』がなぜ敢えて題名に“ピクシー”を選んだのか、については考えないとダメだろう。フェアリイでもなく、シルフでもない。ピクシーじゃないといけない理由。美少女4人がチームを組むなら、『フェアリイ・ワークス』でもいいわけで、このピクシーについては注目を要する」

 私は、「いたずら好き」という観点から選んだんだと思いましたけど。ピクシーは、いたずら好きな妖精じゃないですか。まぁ、「ピクシー・ワークス」の場合はいたずらの規模が問題で、国家に対するいたずら、すなわちテロ行為なわけですが。

「それもあるけど、オレが思うに、多分『兵器制作』って面もあると思う。小人の中には高い技術を持った職人がいて、武器を創ったりする者もいるからさ。まぁ、ここまでは考え過ぎかもしれんけどな」

 結局のところ、作者に聞かないと判らない面はありますね。断言できない以上、私たちは推論するしかないわけですが。で、それはさておき、それでは肝心の本編について話していきましょうか。


ピクシー・ワークス (電撃文庫)ピクシー・ワークス (電撃文庫)
南井大介

アスキーメディアワークス 2009-09-10
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ISBN:9784048680134

*1:民法における所有権帰属の立証困難性を説明する際、一般的に用いられる比喩表現。「不在の証明」を意味する比喩。

*2:勿論、タカオさんの発言は詭弁であり、誤謬を含んでいます。たとえば、西洋に妖精が実在するとして、その妖精が日本を訪問したとすれば、それはやはり「日本に妖精がいる」という表現になるのではないでしょうか。

*3:前述の台詞は、第13章「妖精を信じますか?」に登場する有名なもの。どうも、ディズニーアニメでは、この台詞のシーンはカットされてるという話ですが、アニメ版は私もタカオさんもどちらも観てないので、正確にはわかりません。

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これこそが、出版界の大事件。マニア垂涎の稀覯本がリクエスト1位でついに復活! ヘレン・マクロイ「幽霊の2/3」


「昔、旧版の『幽霊の2/3』を読んだという人に、たった一人だけ会ったことがあってさぁ」

 例によって、前触れなく思い出を語り始めると、タカオさんは壁の一点を見つめて思わず目を細めました。

「すっごく羨ましかったことを憶えてる。だってさ、ヘレン・マクロイだぞ! 『幽霊の2/3』だぞ! 『殺す者と殺される者』だぞ! ミステリマニアのみならず、古本マニア、ビブリオマニアなら喉から手が出るほど欲しい本じゃないか。それをさも当然のように『読んだことがある』って言うんだもんなぁ。とにかくその時は、すんごくビックリしたワケよ」

 今の価格は判りませんが、当時はヤフオクでも、ボロボロの本が1冊2〜3万円位で取引されてましたからねぇ。ネット古書店でも同じ価格帯な上、入荷があるとすぐ買い手が付くほどで、まさに「幻の本」でしたから。そりゃ、読み手も限られてくるでしょうに。

「ところが、話を聞くと、それが納得できる面もあったのよ。というのも、オレはそのとき全然知らなかったんだけどさ、その人は、ヘレン・マクロイについて某所で解説を書いてた人なのね。それを知ってオレは、二度ビックリしたワケ。でもオレの内心は、驚きを通り越してそのうち、『納得』から『安心』へと変化していったのよ。わかんないかなぁ。つまり、アレだ。『幽霊の2/3』という本は、“そういう立場の人”でないと手が届かない、読むことができないレベルの稀覯本なんだ、と」

 そう考えたら、今回の復刊の意義は大きいですね。一部の好事家のみが堪能できた隠れた名作を、再び日の当たる場所に引きずり出してきたわけですから。タカオさんが古本屋を駆けずり回って10年越しで探し続けていた本が、全国の新刊書店の本棚でどこでも簡単に買えるようになったんですからね。しかも、すえた紙のにおいがするボロボロの本じゃなく、完全無欠にピカピカの新刊が。それも、千円出して何とおつりまで出てくるという。これじゃあ、この本を買わなきゃ、もうどうかしてるとしか思えません。

「その通り。『私に涙腺があれば 泣いております』*1って感じ。でもどうせ、結局この本を買って読むのは、そういう一部の好事家だけなんだろうけどな」

 そこで、私たちの出番なんじゃないですか。広く、一般の人に読んでもらえるよう、この場でちゃんと紹介しておかないと。そんなわけで、今回のお題は、ヘレン・マクロイ幻の名作「幽霊の2/3」の新訳版です。ちなみに、この冬には何と「殺す者と殺される者」も新訳で登場するとのこと。ちょうど品切れになってた「家蠅とカナリア」も重版されるようですし、“あわせて読みたい”というファン心理を東京創元社は、よく理解してますね。

「今から数年前に、『家蠅とカナリア』『割れたひづめ』『歌うダイアモンド』と、ほぼ同時期にヘレン・マクロイのベイジル・ウィリング博士のシリーズが固め打ちで出版された時期があったんだけど、今回は、それ以来のプチブームだな。もっとも、ブームと言っても、極めて限定的な範囲の読者の間でだけかもしれないけれど」

 で、肝心の「幽霊の2/3」のあらすじはこんな感じ。人気作家エイモス・コットルを主賓とするパーティが出版社社長の邸宅で開かれる。集まったのは、エージェントや批評家、作家の別居中の妻、など思惑がある者たちばかり。そんな中、余興のゲーム"幽霊の2/3"が始まった。衆人環視の中、毒殺された人気作家。現場に居合わせた招待客・精神分析医ベイジル・ウィリング博士は、事件の背後に潜む人間関係の闇と、恐るべき毒殺事件の真実を解き明かすのだった。――というお話。「家蠅とカナリア」もそうでしたが、殺人事件の真犯人のことよりも、それ以外の謎の方が物語の中核になっていて、またその部分の方が面白い、そういうタイプのミステリですね。

「今回は、舞台となるのが出版界の話、というのも気になる所ではある。あと、ハリウッドとかそれに関わる映像関係の話題とかね。ミステリを含めた大衆文学に対する作者の考えが見え隠れしているようにも思えるしな。まぁ、読み方によっては、この部分こそが真の本題なんじゃないかと邪推してしまいたくなるくらい。ストーリーの展開に関しては、序盤で、出版社の社長夫婦とエージェント夫婦が、作家の悪妻をいかに引き留めるかで右往左往する様が面白くて、ずっと引き込まれるように夢中で読んでたんだけど、中盤辺りからその態勢が覆されてしまうのもまた面白かった。もうね、正直な話、どいつもこいつも嘘つきばっかりに思えてくる。それが愉快」

 作家に対する批評家側からの評価に関してもそうですね。とある批評を、ある人物はあてこすりの産物だと捉える。別の者は、嫉妬に駆られた者の言葉だと考える。でも、現実にはどうなのか……。凄い貶し方をしているようにも思えるんですけど、実際には意外とまともで、正鵠を射ている評なのかもしれないんですよ。もっともそれについての真実は、私たち読者にはどうにもわからないわけですが。ちなみに、私は個人的に、作中の以下の会話が特別お気に入りなんです。ベイジル・ウィリング博士と辛口の文芸批評家エメット・エイヴァリーの、歯に衣着せない大衆文芸論なのですが……。


「さて、ここで興味深い疑問がひとつあります。毎年エイモスと同じタイプの作家が一ダース以上現われ、ぱっとしないまま半年も経たずに忘れられていくのに、なぜエイモスだけ大成功したのか」
「宣伝の効果でしょうか?」ベイジルが言った。
「惜しい。宣伝で本は売れませんが、映画は売れます。そして映画が本を売ってくれるんです。主客転倒ですね。(中略)要は生産性なんですよ。彼は過去四年間、一年に一冊ずつ、同レベルで同スケールの作品をたゆまず出し続けました。エイモスにあって、似たようなほかの作家にないもの――それは駄作の執筆における桁外れの、ほとんど超人的な生産力です。(中略)だからぼくは彼の作品が嫌いなんです。薄っぺらさといんちきは大嫌いなんです。(以下略)」

(P.174-P.175)

「『駄作の執筆における桁外れの、ほとんど超人的な生産力』って言われてもなぁ……。なんか、ライトノベル作家の話をしてるみたいだ*2。まぁ当然のことながら、ヘレン・マクロイのこの作品は決して駄作などではないので、安心して読めること間違いなしだけどね」

「幽霊の2/3」なんて作品名をつける時点で、格の違いを見せつけられた感じですね。タイトルの意味を知ったとき、思わず「そうか!」と膝を打ちましたので。何はともあれ、今回は大満足の一冊でしたよ。願わくば、本書と次回刊行予定の「殺す者と殺される者」の売り上げが順調で、「歌うダイアモンド」の文庫化までも実現されればいいと思います。

「そうだな。オレは絶対、マクロイの最高傑作は、『歌うダイアモンド』所収の短編『風のない場所』だと思ってるからさ」

 何もわざわざ、ミステリの大御所作家のベスト作品に、SF短編を選ぶことはないでしょうに……。まぁ、別に良いですけど。


幽霊の2/3 (創元推理文庫)幽霊の2/3 (創元推理文庫)
ヘレン・マクロイ

東京創元社 2009-08-30
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ISBN:9784488168056

*1:TVアニメ「ファイアボール」におけるゲデヒトニスの台詞

*2:「別に、ライトノベル作家が駄作ばかり書いている、と言うつもりは毛頭ない。生産性が何より問われる、という点からそう連想しただけだ」とは、タカオさんの言。

「GA 芸術科アートデザインクラス」第3巻、その3。あるいは、マンガと称する書物の読み方について。


「今夜は、音をたてずにマンガ家を殺す八つの方法を教授する!*1

 いつも常軌を逸した言動を繰り返すタカオさんが、今日に限って、とびきり物騒な宣言をしました。

「いや、別に物騒とかそういう話をしたいんじゃないんだ。日本でも昔から言うだろう。"○○殺すにゃ刃物はいらぬ" とかさ。早い話がそういうこと。わかんないかなぁ」

 『噺家 殺すにゃ刃物はいらぬ あくびの一つもあればよい』とか、そういう意味ですか。それは流石にどうかと……。といいますか、それがやりたいんだったら、「つまらない」とひと言で感想書けばいいって事でしょう? ま、実際書くかどうかはその人の自由ですが、でもまぁ、そんな風に書くときは、どうしたって、「自分がどういう読み方をしたのか」って事を明らかにする必要性や責任が出てくるんですけどね。もちろん、ただ作品批判をして、作者を苦しめようってつもりなら別なんでしょうけど……。

「そうそう。つまりは、作品の読み手であるオレたちは、適切な作品批評ができるよう、きちんとした読み方をしていこうぜって話なわけ。で、今回の内容についてなんだが、小説で文章を吟味するが如く、マンガでもコマ単位で内容をじっくり見ていこう、そして、どう読んだかについて詳細に話していこう、っていう趣旨なわけだ。一回、こういう事をやってみたかったんだけど、なかなか機会が無くてなぁ。今回、たまたま、オレも佐久良タンもどちらもお気に入りのマンガ家が新刊出したんだから、これを契機に一度やってしまおうと思い立ったワケなんだよ。理解してもらえると嬉しい。というか、黙って理解しろ」

 ハイハイ。前置きは良いので、話を始めていきましょうか。というわけで、今回の素材本は、お馴染み「GA」第3巻。採り上げるのは、P.89〜P.96までの「テキスタイル・ファッション」の授業で、GA1年の面々がデザイン画を教師に提出するお話です。単行本をお持ちの方は、参照しながら以下を読んでくださいね。

GA-芸術科アートデザインクラス 3 (まんがタイムKRコミックス)GA-芸術科アートデザインクラス 3 (まんがタイムKRコミックス)
きゆづきさとこ

芳文社 2009-08-27
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ISBN:9784832278356


「じゃあ、本編に入る前に、まずは基本事項をおさらいしておこう。『GA』はきゆづきさとこ芳文社の月刊誌『まんがタイムきららキャラット』で連載している4コマ漫画。同誌では、各作品は基本的に毎月8ページの連載になってる。1ページに4コマが2本掲載されるが、1ページ目は扉になるので、1本分がイラストあるいは大ゴマになり、そのため通常1話分は全15本の4コマで構成される。この辺りのことについては、実際には読者側はあまり意識して読んでないと思うけど、大事なことなので一応理解だけはしておかないとね」

 内容については、今更ですけど、念のため。私立「彩井高校*2」の「芸術科アートデザインクラス」に通う1年生5人組を中心とした、学園日常ほのぼのコメディ。キャラクタの特性や配置などは、読んでるウチにわかりますので説明いたしません。本編を読めばいいと思います。我ながらひどい説明だと思いますが、まぁ、そんなところで。それじゃ、とりあえず、話を進めていきましょうか。


●懇願

「1本目。この話は、全体の話のイントロにもなってるので、その点を意識して読み始めような。1コマ目は、風で回転する風見犬の描写。なぜ"風見鶏"ではないのかについては、第1巻第1話で説明済みなので省略。ちなみに、アニメ版では犬ではなく『埴輪』になってる模様。理由はよく判らない。こんな風に、情景描写から開始する、という手法は一般的には定番であるのだけれど、『GA』では実は珍しい。なお、台詞が2つあるが、これは両方ともナミコの台詞、ではないかな」


 続いて、2コマ目。画面がパンして、教室内の様子に変わりました。ノダちゃんとナミコさんが筆や筆洗を洗ってます。筆洗を洗う、ってややこしい日本語ですね。

「ノダミキは『二年前に 流行ってた らしいよー?』って言ってるけど、現時点では、それに関するエピソードは登場してない、と思う。後々、その話が描かれるかもしれないので、伏線として覚えておこうな。ちなみに、ノダミキには普通科に通う3年生の姉がいる*3ので、情報源はそこからかもしれない。対して、ナミコにもGAを卒業した姉がいるんだな。以前あーさんが語った、美術部の"野崎先輩"がそうだろう……と予測はできるものの、これについては関連は不明のまま。もしかしたら、この風見犬の件に関して、過去の話としてこちらも後で登場するかもしれない。そう考えれば、このコマひとつが凄い可能性を秘めた1コマに読めてくるという不思議」

 3コマ目。如月ちゃん登場。風見犬に何か祈ってます。4コマ目で、それが物騒な願い事だと判明して、1本目は終了。それにしても、きゆづきさんは本当に丁寧に背景まで描き込みますよねぇ。各コマの空や雲の形とか、これをもしデジタルではなくトーンで貼ってとしたら大変な作業ですよ、ホントに。

「あと、何気に、ふきだし内の文字フォントとかもな。サイズはもちろん、書体も細かく変わってるし。こりゃ、写植の方も結構大変だろうな」


●体感震度6

「ページが変わって、2本目。スケッチブックを持ったキサラギが机に伏してガタガタ震えてる。『GA』では、2本目でよく1本目の話を承ける展開になりやすい。つまり、起承転結の承ね。ちなみに、タイトルの『震度6強』は上から2番目に強い震度みたいだな。これは、オチで生きてくる。で、次のコマに続く」



 みんな大好き「アンダルシアの犬」の話が出てますね。このときの様子は、実は「GA材置き場」第38回で描かれてます。如月ちゃんは、このときも、やっぱりガタガタ震えてました。



「要するに、"眼球をカミソリで斬られる"シーンを観たときと同じような恐怖を感じてるってわけだな*4。で、ナミコがその原因を察した所で次のコマへ。『テキスタイル』担当の先生が入ってくる」



 越廼先生登場。挨拶もなしに一発目からいきなりこの台詞ですよ。これは怖いですね。

「先生が入ってくる方向にも注目な。一般的な校舎の場合、廊下の位置は、教壇を正面として通常右側なんだよ。でも、越廼先生は左側から登場してるだろ? これはたぶん、作者が意図的にそう描いてるんだ。というのも、読者は、右向きに進んでくるキャラクタに対して心理的な圧迫を感じやすいからな。説明すると、日本の"マンガ"は、日本語の文法に従って創られてるから、文章と同じくマンガもまた『上から下へ』『右から左へ』読者の目線が動くんだ。そこで、右向きに移動する絵に対しては、無意識に抵抗を感じるようになるわけ。マンガの描き方の基本だがな。その上、更に付け加えるなら、1・2コマ目で左向きになってるキサラギの位置とちょうど対照をなすって意味もあるんだけどな」

 4コマ目。越廼先生の指示に如月ちゃんの震えが増してます。前にお祈りしていたとおり、「天変地異」が起こったわけですね。ただし、自分限定で。


●ずばっと判決

「3本目。新キャラ紹介の巻。実質的には、2本目の続きだな。今回の話は、こうして1ページ単位で話が展開しているので、読者にとっては大変読みやすく、ありがたい。タイトルの元ネタは『怪傑ズバット』の『ズバッと参上、ズバッと解決! 人呼んでさすらいのヒーロー! 快傑ズバット!』からかな。きゆづきさとこにしては、随分と古いネタから引っ張ってきてるなぁ」

 


 2コマ目。初見では絶対気付かないんですけど、このコマが凄いんですよね。私、今回の話のオチを読んで、実際感動しましたもん。話をする際、目線の高さを合わせるってのは、確かに大事なことなんですよ。そして、逆に、生徒からの視点では、それこそが何よりも負担になるってのも事実。この極端に低い位置の椅子が「処刑台」に思えるって話なんか、良くできてると思いますよ。あまりに良く出来過ぎていて、これが更に真実を隠した伏線だとは思わなかったくらいです。

「興奮するのは良いけど、オチはまだバラさないようにな」

 3コマ目では、如月ちゃんのデザイン、4コマ目では友兼のデザインに対して、先生の批評の言葉が飛び交います。3コマ目の先生の言葉なんかは実にいいですよね。デザインが“ダメ”なのではなく“地味”だと怒るトコとかね。また、それが本質を突いてるだけに、より一層心をえぐるんですけどね。

「デザイン一つ見られただけで、オタク、と烙印を押されそうになるトモカネの方は、ちょっと可哀想だけどな」


●飴to教鞭

 1コマ目。ナミコさんの素晴らしさが光る台詞が登場。「先生」と相性が悪いのではなく「授業」と相性が悪いのだと即座に見抜くところは、さすがみんなのお母さんですね。そして、2コマ目。越廼先生の不思議な授業風景について。小手先の技術ではなく、興味・関心を持たせて感性を磨かせる授業って事なんでしょうか。ただ、自由というのは当然何らかの形で制約がつくわけでして……。

「3コマ目でキョージュがようやく登場。いつもどおりサラッと本質を突く発言をしているが、それより気になるのは後ろのノダミキ。“ジョンガリ”って聞くと、“ジョンガリ・A”しか思いつかないんだよなぁ。ジョジョのさ」

 そこは普通に“ジョン・ガリアーノ”でしょう。さすがは、おしゃれ姫ですね。そして、4コマ目で話は一時停止。

「で、実は、ここから先が今回の本当のメインになってくるわけだ」

*1:元ネタは、ジョー・ホールドマン「終わりなき戦い」の冒頭の一文
「今夜は、音をたてずに人を殺す八つの方法を教授する」

*2:正式名称は「彩井学園工業大学付属彩井高等学校」。単行本第2巻本体裏表紙参照。

*3:弟も居るという発言もあったが、こちらは登場する機会はないかもしれない。第2巻P.14参照

*4:映画「アンダルシアの犬」の有名なカミソリのシーン(↓)。観たい人だけ観てください。(トラウマ注意!)

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目指せ「ソラを“描”ける少女」! 十人十色な女の子たちが送る、色彩豊かな学園生活。「GA 芸術科アートデザインクラス」第3巻。その2

「前回のあらすじ!」

 私たちは、新刊本の前で内容紹介するかと思ったら、いつの間にかカバー絵の夏服話だけで終わってた。何を言ってるかは前回のエントリを読めば分かると思いますが、私には、なんでこんな事になったのかよくわからなかった……。頭がどうにかなりそうだった……。

「以下略で*1。というわけで、今回も『GA 芸術科アートデザインクラス』はじまるよー*2

GA-芸術科アートデザインクラス 3 (まんがタイムKRコミックス)
きゆづきさとこ

芳文社 2009-08-27
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ISBN:9784832278356


 で、いきなり何ですか、この間違い探しは。なんだか、上(↑)の画像が、通常とは違うような気がしますが……。

「今月号の『まんがタイムきららキャラット』についてる"コミックス第3巻かけかえカバー"ね。こっちの絵柄も好きなので、画像を張り替えてみた。――というか、更新作業は佐久良タンがしてるんだろうが。知らないとは言わせねぇッスよ」

 あはは。まぁ、GA1年・美術部・教師陣、とメインキャラ総出演で私はこっちのカバーも結構好きです。各人の手には、やっぱり色鉛筆。殿先生だけ唯一手ぶら……と思わせて、実はしっかり口にくわえてる、ってネタとか良いですね。キャラ付けができてて。ただ、てっきり今回も、掛け替えカバーは1巻の仕様と同じだと思ってただけに、まさか2巻仕様で来るとは思わず、意外でした。これで、本棚に並べるとき、背表紙が白色で統一されなくなってしまいましたね……。

「いいんだよ、出来が良ければそんなのはどうでも。ちなみに、参考までにこれ(↓)が、2巻発売時の『コミックとらのあな特典ブックカバー』ね」

GA-芸術科アートデザインクラス (2) (まんがタイムKRコミックス)GA-芸術科アートデザインクラス (2) (まんがタイムKRコミックス)
きゆづきさとこ


芳文社 2008-01-28
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ISBN:9784832276758


 あんま、こういう紛らわしいことばかりやってると、そのうち誰かに訴えられますよ、本気で。……というか、ダメです。私ら、またカバーの話しかしてないです。そろそろ真剣に、本編の紹介に入っていきましょうよ。

「じゃあ、早速、カバーを外して単行本の本体表紙を見てみるか。表はリアル・ナミコさん。今回のウソ雑誌は、『美術紀行』。コピーはひと言、"――――アートを、触れる。" フォントは明朝体かな。意味はよく分かんないけど、とにかく、コピーなんてのは『おや?』と思わせたもの勝ちだからさ、これはこれで良いと思う。真面目な専門雑誌っぽいトコロが、見事にキャラに合ってるな」

 対して、裏表紙の方は、ファッション誌風ですね。1巻は通販広告、2巻は学校案内パンフレット、その流れを踏まえると、ある程度予測の範疇と言えるでしょうか。ネタは少なめですが、唯一、「ダンボール・ナミコ」さんの値段の安さに笑ってしまいました。




「あと、言い忘れてたけど、表の方には、例によってお決まりの『[連載コラム]琴崎ユヅキのニワカ・アート』の表記もある。これが書かれていると、安心して単行本のページを開けられるよな」

 ??? え……ッと。それ、一体どういう意味ですか? 私は、これなんで毎回あるんだろう、としか思えなくて、タカオさんが何を言ってるのか意味が全然わかんないんですけど。

「エッ! 佐久良タン、きみ、本気で言ってんの? 単行本読んだんだろ? じゃあ、ちゃんと描いてあっただろ。作者描き下ろしのアートうんちくマンガが」

 えぇ……そりゃまぁ、毎回それが楽しみで、単行本読んでるようなものですし……。でも、琴崎ユヅキって一体だれなんだか………………、アッ、そうか。あーあーあー。そうか、そうか。今わかりました。そういう事でしたか。

「まったく、これぐらいは説明なしで行けるように察知しといて欲しいなぁ。そう、『琴崎ユヅキ』ってのは、作者『きゆづきさとこ』のアナグラムだな。『ことさきゆづき』って、平仮名で書いたらすぐ気付くだろうに。こんなネタ、1巻発売時にファンはみんな気付いてるぞ。猛省しないと」

 はい。すみませんでした。じゃあ、表紙のネタ解説も終わった所でいよいよ本編に……と思いましたが、また、文量が長くなってきたようです。仕方がないので、特にオチもなくもうちょっとだけ続く、ってことでひとつ。それでは、また次回でお会いしましょう。さよーならー。




「GA 芸術科アートデザインクラス」第3巻。その1
「GA 芸術科アートデザインクラス」第3巻、その3



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きゆづきさとこ



芳文社 2006-09-27
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ISBN:9784832275935


*1:元ネタは勿論、『ジョジョの奇妙な冒険』第3部におけるポルナレフの台詞
「やつを追う前に言っておくッ! おれは今やつのスタンドをほんのちょっぴりだが体験した い…いや…体験したというよりはまったく理解を超えていたのだが…… あ…ありのまま 今 起こった事を話すぜ! 『おれは奴の前で階段を登っていたと 思ったらいつのまにか降りていた』 な… 何を言ってるのか わからねーと思うが おれも何をされたのかわからなかった… 頭がどうにかなりそうだった… 催眠術だとか超スピードだとか そんなチャチなもんじゃあ 断じてねえ もっと恐ろしいものの片鱗を味わったぜ…」

*2:TVアニメ版「GA 芸術科アートデザインクラス」では、このように毎回、アバンタイトルで「はじまるよ」と告知がある。それを意識した発言、らしい

目指せ「ソラを“描”ける少女」! 十人十色な女の子たちが送る、色彩豊かな学園生活。「GA 芸術科アートデザインクラス」第3巻。その1

「ところで、芸術と美術って、違いは何なの?」

 読んでたマンガに刺激されたらしく、突然タカオさんが疑問をクチにしました。

「たとえば英語では、どちらも"アート"なんだろ、"art"。英語圏の人はコレ、一体ドコで区別してんのよ」

 うーん。判りませんけどやっぱり文脈から判断してるんじゃないでしょうか。英語の"art"の意味は、多義的ですからね。たとえば、有名な格言として「芸術は長く、人生は短し(Art is long, life is short. )」ってあるでしょ? 本来、ヒポクラテスは“医術”の意味で"Ars"と言ったのに、英語に訳す際、“技術”という意味も含む "art" にこれを当てはめたもんだから、格言の意味も少し変わって現在に至っているという……。面白いですね。ちなみに、日本語の「藝術」ってのは、元を辿ればこの art の訳語なんだそうですよ。だから、芸術の方が美術よりも広い範囲を含むわけです。……というか、確か『GA』1巻で描いてありましたよね、それ。もう忘れましたか?

「いや、『芸術科は 美術と音楽の 2クラスあるんだ』ってヤツだろ。流石にそれは覚えてる。だから、“芸術”についてはイイよ。むしろ、“美術”の意義がわかってないかもしれん」

 一般的には、絵画と彫刻、建築の一部や工芸ってことみたいですけど……。ま、わからなくても別に『GA』ちゃんと読めばいいんですよ。それで充分ついて行けますから。


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芳文社 2009-08-27
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ISBN:9784832278356


「と、いうわけで、今回の課題本は『GA 芸術科アートデザインクラス』だな。いやぁ、ついに出たね、第3巻。前巻から数えて、約1年半ぶり。長かった……」

 まだ、こうして連載が続いてて、単行本が出てるってだけでも充分ですよ。きらら本誌で連載中の『棺担ぎのクロ。〜懐中旅話〜』は、完全に中断しちゃって、単行本が出る気配すらありませんので……*1。あっちの方は、現在凄くいいトコロで中断してるんですよ、信じられませんよ!?

「――まぁ、『クロ』の話はこの際、置いておこうか。話し始めたら長くなりそうなので。問題は『GA』だよ。3巻の見所はドコかね、佐久良タン」

 いや、随所に見るべきところが多数あるのですけども、それじゃまずはカバー絵から行きましょうかね。とにかく、この一枚絵は素晴らしいです。構図といい、配色といい、ちゃんと作者側の「こう見せよう」という意識が明確に感じ取れます。背景が青色というのにも意表を突かれましたが、それに併せて、キャラクタの瞳や髪の色をきちんと変えてきている点など、流石は美術の素養を身につけて色事典を読み込んでいる作者ならではだなぁと思いましたよ*2。加えて、周囲の色鉛筆の配置は“色相環”ですしね。こういうこだわりは、何より素敵です。タカオさんの方はどうでしたか?

「いやぁ、確かにキレイだよな。『キサラギの膝小僧』」

 あんた、人の話、全然聞いてないのッ!? というか、――タカオさん。ここは貴方のマニアックな嗜好について語る場所ではありませんよ!?

「ああ、ごめんごめん。つい本音が――じゃなかった、冗談が出てしまった。いや、俺が気になったのは、配色とかそんなんじゃなくて純粋に絵のことな。というのもまさか、カバー絵に作者が“夏服”描くとは思わなかったからさ。本編でも、3巻最後に収録されてる話でようやく夏服が登場してるだろ。実は厳密に言うと、その話を収録してた先月号の雑誌本誌の表紙絵が既に夏服だったわけだけど*3、既にイメージとして定着している深赤色のブレザーを捨ててまで、わざわざ馴染みのない服を着せたってところが、度胸あるなぁと考えたわけだよ」

 実際にはそれより先に、P.29の芦原・水渕の回想話で夏服は1ページだけ登場してるんですけどね。それよりも、貴方が言いたいのは、「GA材置き場」の夏服ネタ*4でしょう? 違いますか?

「そういや、そんなネタもあったような……。」





「これか。もう完全に忘れてたよ。よく憶えてたなあ。まぁ、夏服については結構意外な点が多かったから、それだけでも、いろいろ話題は膨らませられると思うけどね。キョージュのみベストの色がグレーだったり、リボンをしっかりノダミキが身につけてたり、ナミコさんはやっぱりシャツ一枚なんだな、とか思ったりとかさ」

 ノダちゃんがリボンを気にしてるってのは、「コミックス3巻かけかえカバー」の袖のコマで描かれてますので参考に*5。……じゃあ、タカオさん。まだ私たち、単行本カバーと制服の話はおしまいにして、そろそろ本編についての議論をしていきましょうか。

「じゃあ、いよいよ本編に……と思ったけれど、それについては長くなりそうなので、とりあえず次回へ持ち越そう。なんか知らんウチに画像とかも既に多くなってきたしな。ま、焦る必要もないだろ」

 えぇーー! もう終わるの? マンガの話をするつもりが、ページすら開かずにカバーの話だけで終了しまうなんて、前代未聞ですよ。それでいいんですか。いいんですね? じゃあ、今回はひとまずここまでで。いよいよ、次のエントリでは注目の本編について触れていくつもりです。てなわけで、乞御期待。



「GA 芸術科アートデザインクラス」第3巻。その2
「GA 芸術科アートデザインクラス」第3巻、その3


あふれ出す妄想、おびやかされる現実。たとえばこんな同人誌。「リューシカ・リューシカ」第02巻


「リューシカかわいいよ、リューシカ!!」

 私が東京から持ち帰った書籍に目を通すと、タカオさんは高らかに叫びました。

「これ一冊買ってきただけでも、高い交通費を払って旅に出た甲斐はあるだろう。よくぞお使いを果たしてくれた」

 別に私は、夏コミのために上京したわけではないのですけれど……。どちらかというと、一応今回の上京物語は、オフ会参加と『ゴーギャン展』の観覧がメインなのですよ。東京ビッグサイト訪問などは、ついでですよ、ついで。勘違いしないでください。

「こやつめ ハハハ*1。佐久良タンが今更、ツンデレキャラになろうとしても、もう遅いよ」

 だから違うってのに。まぁそれはさておき……とりあえず、話を進めましょうか。今回は安倍吉俊の同人誌を採り上げるワケなんですけど、これ、この場で紹介するにはどうなんでしょうか。買ってない人の場合、「読みたいけれど、買えない」という状況が発生するわけでしょう? 

「別に、感想文や紹介文書くのに同人を除外する必要はないだろう。それに、どうやらこの作品、正式に商業誌での連載が決定したみたいだしな。いま読めないとしても、少し我慢すれば、そのうち読めるようになるよ。もちろん断言はできないけど」

 今年のサクラコン安倍吉俊自身が発表したっていう3Dアニメ化やその他の件ですね。上手く企画が実現して成功すればいいのですが。それにしても、安倍吉俊関連の商業作品って、「灰羽連盟」といい「NieA_7」といい「回螺」といい、いつも同人作品ありきですよね。不思議。

「それだけ、作者が『どうしても描きたい』と思ったものを、周りが環境を用意して描かせてあげてるってことなんじゃないか。少なくとも、安倍吉俊は、画力については、イラスト業界を見渡してもピカイチなわけだし。……マンガ的手法はともかくとしてもさ」

 それでは、本編に入っていきましょうか。今回の"リューシカ2巻"なんですけど、どうだったでしょうか。

「オレの贔屓目だけれど、『リューシカ・リューシカ』は、昨年夏に発売された1巻の時点で、元々名作認定済みなんだよ。去年のマンガでベスト3に入る。それの新作だからな、当然評価は高いよ」

 なにより、表紙のリューシカが可愛いですよね。1巻の表紙に比べると随分マンガキャラ寄りに、つまり、マンガキャラとして意識的に描かれてる印象を受けます。カラになったチョコミントカップアイスをくわえてる姿なんか、すごくツボったんですけど。

「で、このチョコミントが、本編の買い物話の中で発展していく……と」

 『チョコミントー チョコミントー』『お前は そういう政党の 人か!!!』って、最初何のこと言ってんのか全然分かんなかったですよ。まぁ、次のページを見ればすぐ判るんですけど、これは巧いなぁと思いました。私、今までそんなこと、考えたこともなかったですから。あ、一応、説明しておきますと、『リューシカ・リューシカ』っていうのは、7〜8歳くらいの女の子(リューシカ)が何かにつけて色んな妄想世界を繰り広げる、というそれだけのお話です。ただ、その妄想っぷりが半端じゃなくて、その発想の凄さと、それを逐一視覚化していく作者の技量が素晴らしい。そこを楽しむ作品と、言えるでしょうね。

「1巻のCDの話と、2巻のラーメンの話なんかは見事の一語に尽きるね。個人的には、CDの話の方が特に好き。CDの盤面を眺めていたリューシカが、音楽を"イメージ"する話。あの話には戦慄した。……音楽だから"旋律"に掛けたワケじゃないぞ。ともかく、ああいう行為って、子供時代なら皆経験したことがあると思うんだよ。想像の世界が現実世界を凌駕するというか、突然スイッチが入って"向こう側"へ行く感覚がさ。目の前に見えている世界と、頭の中に映っている世界が完全にぶれてしまって、しかも脳内の方がイメージが強烈なの。……大人になると、自然とそういうことはなくなっていくんだけどな」

 作中でも、リューシカは、兄からCDの本当の聴き方を教えられて実際の"音"を聞くと、その結果怒り出すんですよね。『ぜんぜん ちがう!!』って言って。当然兄には何のことか判らない。一方、リューシカは、もう一度その音楽を思い出そうとするんですけど、それはもう、取り戻せない。散逸して、雲散霧消してしまった。あの音楽は二度と帰ってこない。このとき、号泣するリューシカが可哀想で仕方がなくなります。(「もう思い出すことができない もう思い出すことができない」「めいきょく だったのに………」)*2

「あの話を、音楽ではなく絵画に置き換えたら……それはそのまま安倍吉俊自身の話になるんだろう。頭の中にイメージとして浮かんだ映像。それをいかにして作品として現実に定着させるか。芸術家・安倍吉俊の挑戦だろうな。勿論それは、ひいては我々大人全体にとっても同じことなんだが。その、挑戦するべきジャンルが異なるってだけで。そういえば、安倍吉俊は、『CG彩色テクニック』という本でこんな事を書いている。


 「海は青い」とか、「リンゴは赤い」とか「キャラクターの肌色はなるべく血色よく」などという先入観というか、決めつけが頭にあると、変な所で絵を面白くするチャンスを逃します。
 自分の中で常識になってしまっている事を、うまく再検証しながら作業できると、描き終わって数日経って見返して、はたと気づくような失敗を、事前に回避する事ができるようになります。といっても、自分の中の常識というのは、脳が思考を効率化するために、わざわざ「これは間違いないから検証しなくていい」とラベルを貼って疑問を発生させないようにしている項目なので、そのラベルを剥がして、改めて再検証するのは非常に難しいのですが。

この『常識の再検証』が、描写面はもちろん、物語の制作においても発揮されなければならない、と安倍吉俊は考えてるんじゃないかと思う。『リューシカ・リューシカ』という作品は、その意味において、格好の素材なんじゃないかな、とオレは思うけど」

 うーん。しかしですね、私が思うに、この人の場合、常識の基盤となるべき日常生活の部分が、他の人とはかけ離れてるような気がしますが。例えば、『というか、このマンションはワンフロア3室で、同じ階の僕の部屋を除いたふた部屋が、ヤクザ経営の売春宿なわけですが。いやもうとんでもないです(笑)。』なんて経験、普通の人はできないですし。

「あぁ。伝説の『鴬谷娼館便り』か。当時読んでたときは、これをマンガ化すれば絶対受けるのになぁと思ったけどな。ちなみに、過去ログはまだ本家にあるみたい。読んだことのない安倍吉俊ファンは、読めるウチに一読をしておくべきだと思うぞ」

 『リューシカ・リューシカ』では、リューシカは色んな想像の世界に迷い込むわけですが、結局の所いつも、毎回きちんと日常に舞い戻ってきてオチが付くんですよね。それがあの作品の魅力であるのですけど。ところが『鴬谷娼館便り』では、明快なオチが付いていない。100%のノンフィクションなんだから当たり前なんですが、それがちょっと怖くもあって如何ともしがたい読後感になってるんですよ。結局、幼さ故に現実と夢想を往復できるリューシカの世界と、大人故に現実と直面するか逃避するかしか選択し得ない現実世界。どちらも安倍吉俊の世界……なのかもしれませんね。

「そういう佐久良タンも、厳しい現実世界から逃避して、コミケの世界へ行ってたしね」

 だから、違うって何度も言ってるじゃないですか。――まったくもう。



リューシカ・リューシカ 第02巻

安倍吉俊

むてけいロマンス
2009-08-16



リューシカ・リューシカ

安倍吉俊

むてけいロマンス
2008-08-17



*1:AAも有名な、マンガ「三国志」(画 園田光慶,作 久保田千太郎)の曹操の台詞。

*2: